工事進行基準が進ちょく管理に変化をもたらすこれから始める進ちょく管理(1)(1/2 ページ)

工事進行基準によって、見積もりと共に大きく対応を迫られそうなプロジェクトの進ちょく管理。古くて新しい進ちょく管理を解説する。

» 2008年08月21日 12時00分 公開
[高田淳志,株式会社オープントーン]

工事進行基準に対応するとは?

 「工事契約に関する会計基準」および「工事契約に関する会計基準の適用指針」が平成19年12月27日付で公表されてから半年以上が過ぎました。ソフトウェア(以下、ソフト)開発業務のプロジェクトマネジメントに携わる者としては、「工事進行基準への対応」が開発現場にどう浸透していくのか、大いに気になります。

 本連載では、「いかに客観的な進ちょく管理ができて、その状況を報告できるようにするか」をテーマに、3回程度に分けて解説していきたいと思います。

 本連載では、PMBOKCMMIなどの開発プロセスに関するナレッジの有効活用や、EVMSといった進ちょく評価・管理手法を取り上げながら「工事進行基準に対応可能なプロジェクトマネジメントとは?」ということを考えていく予定です。

 また、私自身は自社のプロジェクトよりは、お客さまのプロジェクトに参加して活動することが多いので、「参加したお客さまのプロジェクトに工事進行基準が適用されることになった」という目線で話を展開していきます。

進ちょく管理の現場にもたらされる変化

 工事進行基準では、年度ごとに工事(=ソフトウェア開発)の進行状況に合わせて損益計算を行います(最終的に損益計算書に反映される)。進行基準と完成基準の年度ごとの損益計算イメージは、次の図1のとおりです。

ALT 図1 工事完成基準と工事進行基準の違い。契約金額は3000万円で、原価は2500万円、開発期間3年のプロジェクトの場合。なお、この図を含む本記事中の会計用語は説明のための表現であり、会計上の正式な科目名や用語とは対応していないことをご了承ください

 図1の工事完成基準の原価(3年目に計上)には、自社でアサインしたメンバーの人件費と、協力会社に再委託した場合の「外注費」が含まれます。3年目になるまでは、原価に計上せず、仕掛品に振り替えます。ただしここでの説明は、3年目のところだけをイメージして説明します。

 原価は現実の発生費用に基づいて計算することができそうです。また、工事完成基準の場合の売り上げは明確です。完成してシステム一式を引き渡した段階で、契約金額をそのまま反映すればよいからです。

 では、工事進行基準の場合はどうでしょうか。工事進行基準の場合は、各年度の売り上げを計算するために進ちょく状況(達成度)を指標として用いています。図1の例だと、初年度の売り上げを、全体の45%分が完成したから3000万円×45%=1350万円として計算しています。

 ここで少し違和感を持たれた方がいるかもしれません。「進ちょく状況を、どうやって客観的に計測するんだ?」と。

 それこそが、進ちょく管理の現場にもたらされる大きな変化です。

 進ちょく管理を行うプロジェクトマネージャは、納期や品質などのエンジニアリング要素だけでなく、プロジェクト全体として適当な利益を確保することもミッションの1つとしています。

 そのため、プロジェクト完了までの間に進ちょく状況に問題が発生すれば、周囲から「終わるのか?」「赤字にならないのか?」などのプレッシャーを受けるものです。しかしながら、そのような状況があったとしても、これまでなら、プロジェクト完了時に帳尻が合って収益的に問題なければ合格と評価されていたのです。

 しかし、工事進行基準によりソフトウェア開発の進ちょくがそのまま決算書の数字に影響を与えることになります。決算は適切に監査を受けなければなりませんし、会社の株主や債権者を含めた利害関係者への説明責任も発生します。

 工事進行基準を適用するプロジェクトの進ちょく管理を行うということは、プロジェクト(あるいは組織)所定の指標に基づいてプロジェクト内の各タスクの進行状況を正確に計測・監視し、適切な対処を行いながら、本来あるべき状態からなるべく乖離(かいり)しないようにプロジェクトをコントロールする……、そのようなプロジェクトマネジメントの実現を可能とするスキルや環境・体制がこれまで以上に求められることを意味します。

現状の進ちょく管理は?

 さて、工事進行基準というキーワードをいったん棚に上げさせていただくとして、現状の進ちょく管理は、どのぐらい厳密に行われているのでしょうか。

 残念ながら、組織(委託企業、受注企業それぞれ)や個人に依存するところが大きいように感じます。

 EPM(Enterprise Project Management)やPMOなどを設置・活用し、組織全体として用意した仕組みを基に進ちょく管理を実施している会社は存在します。その一方で、相も変わらずプロジェクトマネージャ個人に進ちょく管理を任せっぱなし(丸投げ)で、十分な検証体制を整えていない組織も多いようです。

 プロジェクトマネジメントを担当する個人についても意識に差があります。自身が培ってきた経験則ばかりを盲信し、いまだに勘や経験、度胸に頼って進ちょく管理に取り組んでいるプロジェクトマネージャがいます。その一方で、公知の知識体系などを取り込んで、客観的な指標に基づいた進ちょく管理の実現を目指しているプロジェクトマネージャもいるのです。

補足

EPM(Enterprise Project Management)

組織内においては、通常同じ時期にプロジェクトは複数稼働しています。組織が有するリソース(人員や機材など)や予算などの資源を、プロジェクト全体を統合してマネジメント(バランスを取って配分)しながら、組織全体として無駄なく最適なプロジェクト運営を目指す手法の1つです。


PMO(Project Management Office)

プロジェクト横断的に、プロジェクトマネジメント的な側面から支援活動を行う部署です。(1)プロジェクト成果物の品質を向上させるためのエンジニアリング的支援要素と、(2)プロジェクト運営が円滑に進むようマネジメント的支援要素の両機能を有していることが一般的です。


 プロジェクトマネージャによる進ちょく確認の現場をのぞいてみましょう。

プロジェクトマネージャ 「昨日までの進ちょくはどんな感じだい?」

プログラマAさん 「私の担当分は、難しい処理部分の実装が1カ所残っているだけです」

プログラマBさん 「私はひととおり書き終わったので、これから単体テストで確認です」


 さて、これを聞いたときのプロジェクトマネージャの判断は、どのようになるのでしょうか?

主観的プロジェクトマネージャ

Aさんはコーディングが早いから、たぶんあと3日間もあれば終わるな。Bさんはいつも単体テストで結構不具合が多く出るから、今回も多めに見て後2日間はかかるな。よし、進ちょく度の報告としては、90%くらいが妥当だな。


客観的プロジェクトマネージャ

(進ちょく状況報告基準表を見ながら)Aさんはまだ実装未完了だけど、半分以上は完了しているので40%か。Bさんは実装が完了して単体テスト開始前だから、60%ということだな。ということは、全体としては50%と報告だ。


 話の題材とするために数字としては極端な差をつけてみました。

 進ちょく度の算出方法が人による主観的なものである場合と、何かの指標に基づいた客観的なものである場合とでは、結果が異なることは明らかです。また、何かの指標に基づいて機械的に算出するとしても、何を指標とするかによっても値は異なります。

 しかしながら、主観的か客観的かによって、明らかに違う重要な点が1点あります。

 主観的な判断の場合は、その値の持つ意味を他人と共有することはできません。報告者が考える90%と報告を受け取る側が考える90%のイメージが一致しないからです。

 一方、客観的な判断の場合は、進ちょく状況を表す数字に人の主観的な判断が入り込む余地が少ないため、関係者全員がどのような状況なのかをより正確に把握しやすいといえます。前述の例で、Bさんは「単体テスト開始前だから60%」と客観的に判定しました。報告を受け取る側はその報告を受けて「60%だから単体テスト開始前」と、状況を正確に判断することができます。進ちょく管理の中で達成度を数値化するということは、それ自体が目的なのではなく、数値化することにより関係者一同で現状を正確に把握することにあります。だとすれば、意味を共有しないままに表現している達成度にどれだけの意味があるのか甚だ疑問に感じます。

 現在のソフトウェア開発は仕組みが複雑なため、開発前には分からなかった技術的な障壁にぶつかることがあります。また、ビジネスに求められるスピードが速く、開発の途中で仕様変更が発生することも頻繁です。そのように、進ちょく度を計測しようにも、分母となる作業量そのものが変化してしまうという非常に難しい状況にあるのは確かです。それゆえ、客観的な進ちょく表現は無理だとあきらめてしまうプロジェクトマネージャがいるかもしれません。

 が、お客さまからの信頼を集めているプロジェクトマネージャは、そのような現状を受け入れつつ、いかに客観的にプロジェクトの進ちょくを計測するかということに工夫を凝らし、改善に取り組んできました。

 そのような軌跡をたどってきたプロジェクトマネージャにとっては、工事進行基準に対応した進ちょく管理方法に順応することは、そう難しいことではないだろうと予想しています。

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