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連載:M&A新時代へ(2)

JTの大型買収から考えるIFRSの「のれん」

岡俊子
アビームM&Aコンサルティング株式会社
2009/10/13

IFRS適用によってさまざまな会計処理が変わるが、その中でM&Aに最も大きな影響を与えるのは「のれん」の取り扱いだ。IFRSによって「のれん」の取り扱いに2つの大きな変化が生じる(→記事要約<Page 3 >へ)

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 具体的な評価作業の方法は各無形資産によって大きく異なりますが、イメージを持っていただくためにここでは「顧客リスト」の評価について触れます。ここで無形資産として認識する「顧客リスト」は、対象会社が保有している既存顧客の「顧客リスト」です。その既存顧客がM&A後に他の顧客よりも多く収益をもたらしてくれる部分、つまり超過収益の部分を無形資産として認識するわけです。

 従って「既存顧客1名当たりの超過収益分」に「各年度の顧客の人数」を乗じた額の現在価値が「顧客リスト」の価値ということになります。ここで留意しなければいけないのが「既存顧客の数」ですが、既存顧客数は、時間の経過とともに減少していくのが自然ですので、評価分析作業の中では既存顧客数がどのように低減していくかについても過去実績を参考にして理論的に分析することが必要となります。

 このようなアプローチ以外にも、さまざまな方法によって「顧客リスト」を評価することができます。無形資産の評価においては、どのような評価のアプローチを採るのが合理的なのかから分析することになります。

 次にどのタイミングでこのような専門性の高い分析を実施するかですが、対象会社の何をいくらで買うのかを明確にするためにも、デューデリジェンス実施と同じタイミングで無形資産の評価を実施することが有益でしょう。有形固定資産にいくら、各無形資産にいくらと、資産ごとに金額が算出されれば、買い手は「果たして対象会社にそれだけの価値があるのか? それだけの資金を投下する意味があるのか?」を真剣に検討することになるでしょう。IFRSは、買い手に無形資産を注記情報として細かいレベルで情報開示することを求めていますので、その価値構造はガラス張りになります。従ってむやみに高値で買収することはできなくなります。

 前回、「会計のモノサシが統一されると、M&Aのトランザクションコストが軽減される」と説明しましたが、デューデリジェンスの際に無形資産の評価を実施することになると、デューデリジェンスにかけるコストは逆に増加するかもしれません。しかしデューデリジェンスの段階でこの分析を実施しておけば、むやみに高い価格で買収することがなくなりますし、ポストM&Aの負荷を軽減することもできます。

IFRSでは「のれん」は償却しない

 では次にもう1つの相違点である「のれん」の償却について解説します。日本の会計基準では「のれん」は20年以内に償却することが求められていますが、IFRSでは「のれん」を償却しません。さらに「無形資産」の一部については、一定年数で償却されますが、「のれん」や償却しない「無形資産」は、当初見込んだとおりの収益が減損テストにおいて実証できなければ、減損処理の対象となります。

 日本の会計基準で「のれん」を計上すれば、その後の損益計算書では、償却期間にわたって利益が押し下げられることになりますが、IFRSでは、いくら多額の「のれん」を計上しても、その後の損益には影響を与えません。

 その代わり、IFRSでは毎年減損テストを実施しなくてはいけません。そして買収した会社の業績が悪化すれば、計上している「のれん」を減損することになりますので、あまりに多額の「のれん」を計上すると(すなわち、あまりに高すぎる買収額でM&Aを実行すると)、多額の減損リスクを背負うことになるわけです。

 では、「のれん」として計上される金額は、財務諸表にどれくらいの大きさの影響を与えるのでしょうか。JT(日本たばこ産業)が英国のGallaher社を買収した事例を見てみましょう。以下のグラフは、JTの連結売上高と経常利益率の推移を示したものです。


 JTがM&Aを積極的に推進しはじめたのは平成20年3月期からですが、その中でも大型のM&Aが平成20年3月期に実施した英Gallaher社の買収でした。Gallaher社買収によって、売上高は3割以上拡大しましたが、「のれん償却後経常利益率」でみると、買収を加速することによってこれまで増加傾向にあった経常利益率が低下傾向に転じたようにみえます。

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