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連載:日本人が知らないIFRS(2)

「IFRS襲来」ではない

高田橋範充
中央大学 専門職大学院国際会計研究科 教授
2009/9/29

「IFRS襲来」と表現されるようなIFRSについての否定論が日本には存在する。国際的状況、特に米国の戦略を説明することでIFRS否定論の誤りを明らかにする (→記事要約<Page 3>へ)

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 IFRSへの関心が日本で急激に高まっている。ただし、多くの関心は「IFRS襲来」と表現されるように、外在的要因の変化あるいは、端的に「外圧」と理解する論調が多いように思われる。当然のことながら、そのような論調の背後には、IFRSに対する批判的見解や否定論が存在しているようである。

 確かに、1997年以降、金融ビッグバンをはじめとする諸制度の変更は、日本内部の変革というよりも、国際的レベルに合致させる趣旨で行われてきたことも事実である。とりわけ、企業の経理・財務およびシステム部門に関していえば、2000年以降、会計ビックバンにかかわる一連の制度改正、その後の日本版SOX法への対応と、外圧への対応に追われてきただけに、新たに登場したIFRSに対して、いらだちと反発に近い感情が交錯していることは疑いない。その結果、IFRS導入を直接的に利益の向上に結び付かない外圧的なものとして捉え、否定的な意見が増幅される可能性があるように思われる。

 まずは、日本でのIFRSに関する否定的な意見を列挙してみよう。

(1)日本はあくまでモノ作りの国だから、金融立国として産業転換した英国の論理をそのまま、持ち込まれても困る

(2)欧州に上場していなければ、欧州発信のIFRSは原則として関係ない

(3)米国のロードマップによれば、米国は2011年に強制適用の判断を行うのであるから、その判断を待てばよい

 筆者自身も数年前までは、このような議論の同調者であったので、その主張は十分に理解することができる。(1)の議論は、あくまで日本独自の会計基準を維持すべきだという論理を背後に持っており、現在でも日本人のかなり多数が、この議論を精神的には支持しているようにすら、思える。これに対し、(2)の議論は、IFRSはあくまで欧州の会計基準であることを議論の立脚点においており、(3)は米国のロードマップでの説明をその根拠としているであろう。

 ただし、これらの議論は、IFRSをめぐる議論を詳細に追っていくと、状況認識にかなりの誤りがあることも明らかである。本稿では、これらの国際的状況とそれに対する各国の、とりわけ米国の戦略を考察することを主たる目標とする。

日本的会計の国際的評価

 前回も述べたように、IFRSは日本人の視点から見ると、とても極端な議論を展開しているように思える。端的にいえば、IFRSはあくまで資本市場から見た企業評価のみを議論の対象としており、企業の多面性、とりわけ、その生産能力の評価を無視しているように感じられるのである。多くの日本企業が製造業に関係している状況においては、そのプロセスを一切無視するような企業評価の仕組みは認めがたいというのは十分に理解できる。

 ただし、IFRSの議論を打ち破るような論理や会計・財務報告のモデルを日本人ないしは日本社会が提示しているかといえば、ノーと言わざるを得ないのが事実である。国際的に共通した財務報告のモデルは、投資家の意思決定を中核とすべきだ、というIFRSの主張は論理的に強固であり、反論しにくい。論理的に打ち勝てないとすれば、事実を突き付ける必要性があるが、残念ながら、日本の会計基準が高品質であるとの認識は世界にはない。

 このことを世界に印象付けたのは、レジェンド問題である。レジェンド問題とは、1999年3月期から2003年3月期にかけて、日本企業の英文財務諸表の注記と、監査報告書において、財務諸表が日本の会計基準で作成され、監査も日本の基準で行われているなどの警告の説明文(Legend Clause)が付加されたことを指す。このことをもってしても、日本の会計基準が国際的に高い評価を得ていた、とは言いがたいことは明らかである。

 もちろん、日本企業が米国基準に従って財務諸表を作り、それを英訳すれば、このようなレジェンドが付けられない。従来は、米国にも上場している場合でも日本の資本市場においては、あくまで日本基準に従った開示が求められてきた。ところが、2002年以降、これらの企業に関して米国基準に従った開示が、わが国の資本市場でも認められることになった。そのために、米国で上場している日本企業は、日本基準に従った財務諸表を作成する必要性がなくなり、必然的にこれらの企業はレジェンド問題から解放されている。

 その後、公認会計士協会などの努力により、レジェンド問題は解決したと考えられている。ただし、これらのレジェンド問題の進行に対応する形で、日本企業の内、ワールドワイドに活躍している企業は、いずれも米国基準での開示を日本資本市場で行っているという奇妙な事実をも生み出している。

 これらのレジェンド問題に関連する事実は、図らずも日本の会計基準が世界的なレベルでは通用しないことを物語っており、前述した(1)が主張するような日本独自の会計モデルの存立基盤を否定するように思える。すなわち、日本資本市場においても日本会計基準のみで開示されていない状況において、日本基準を世界に普及させるという発想には、明らかに無理がある。簡単に言えば、従来の原価主義の郷愁をどう理論化しようと、世界の会計基準設定者を説得させることができないというのが現実なのである。

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