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連載:IFRS基準書テーマ別解説(5)

IFRSの「従業員給付」「退職給付」を理解する

田島聡志
仰星監査法人
2010/1/26

IFRSでは、従業員給付に関する会計処理についてIAS19号の中で包括的に定めている。一方、日本基準においては従業員給付に関する包括的な基準は存在せず、有給休暇引当金等の規定の有無や、退職給付に関する具体的な会計処理方法の一部が異なるなど、いくつかの顕著な相違点が存在する。

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 一方、IAS19号では、原則として退職給付見込額を制度の給付算定式に基づいて各期に帰属させなければならないとしている。ただし、勤続年数の後半に著しく高水準の給付を生じさせるような場合には、昇給の影響を除き、従業員の勤務がそれ以上の重要な給付を発生させなくなる日まで、退職給付見込額を均等に各期に帰属すること(定額法)ととしている。このような取扱いとした理由としては、退職給付債務がどのように生じるかについては、給付を定める制度の規約などから最も関連して信頼できる情報を得られると考えたため、給付算定式に基づく方法が原則であるが、勤続年数の後半に著しく高水準の給付を生じさせるような場合には、その期間を通じた勤務によって、そうした高い水準の給付を最終的に生じさせると考えたためである。

 日本基準とIAS19号との違いを図示化したのが下記の図表である。原則的方法が異なるのみならず、日本基準における期間定額基準とIAS19号における定額法は、退職給付見込額を定額で各期に帰属させる点で類似しているが、帰属させる期間に対する考え方が異なっている。

 退職給付見込額の期間帰属の方法の違いは、最終的には退職給付債務と勤務費用の金額の相違となって現れるため、その金額的影響に留意が必要となる。

日本基準とIAS19号における期間帰属方法の比較イメージ

 

割引率の決定と数理計算上の差異の償却、認識方法

 日本基準とIAS19号における数理計算上の差異に関わる会計処理方法の違いを比較し、理解するには、割引率の決定と数理計算上の差異の償却、認識方法を一体的にとらえる必要がある。

 日本基準では、割引率を含めた基礎率などの計算基礎に重要な変動が生じない場合には計算基礎を変更しないなど、計算基礎の決定に当たって合理的な範囲で重要性による判断を認める方法(重要性基準)を定めている。この場合、割引率の設定に関する重要性の判定に当たっては、前年度末に用いた割引率により算定されている退職給付債務と比較して、当年度末の割引率により計算した退職給付債務が10%以上変動すると推定されない限り、割引率を見直す必要がないとしている。その代わり、発生した数理計算上の差異については、以下の方法でそのすべてを認識することになる。

  1. 原則として、各年度の発生額について平均残存勤務期間以内の一定の年数で案分する(定額法。また、発生年度に費用処理する方法も可)
  2. 未認識数理計算上の差異残高の一定割合を費用処理する方法(定率法)も認められる
  3. さらに、当年度の発生額を翌年度から費用処理する方法を用いることができる

 一方、IAS19号では、こうした重要性基準を定めておらず、割引率については期末日現在の優良社債の市場利回りを基礎として決定し、数理計算上の差異について次のいずれかの方法で認識することとしている。

  1. 前年度末の数理計算上の差異残高の総額のうち、回廊(前年度末における年金資産の10%と退職給付債務の10%のいずれか大きい額)を超える額について、平均残存勤務期間で除した金額を損益計算書で認識する
  2. 継続適用を前提に、1よりも早期の規則的な方法により損益計算書で認識する(即時認識を含む)
  3. 回廊の範囲内であっても、2の方法により損益計算書で認識する(即時認識を含む)
  4. 発生した数理計算上の差異について、その他の包括利益で即時認識する

 このうち1、2がいわゆる回廊アプローチ(退職給付債務の数値を毎期末時点において厳密に計算し、その結果生じた計算差異に一定の許容範囲《回廊》を設ける方法)と呼ばれるものである。

 日本では、退職給付会計基準の設定の段階において、数理計算上の差異の取扱いについて、IAS19号で導入されていた回廊アプローチとの比較を行った結果、退職給付債務が長期的な見積計算であることを踏まえて、重要性基準を導入したという経緯がある。このため、年金資産又は退職給付債務のいずれか大きい方の10%(回廊)を超えるまでは数理計算上の差異を費用処理の対象としない回廊アプローチと同程度に、割引率の設定に関する重要性の判定に当たっては、退職給付債務が10%以上変動すると推定されない限り、割引率を見直す必要がないとしたのである。

  このような観点から考えると、両基準では数理計算上の差異を把握する手順が大きく異なるものの、IAS19号の1、2の回廊アプローチを採用した場合には、両基準の金額的な差異はそれほど大きくならない可能性があるとの見方もできる。しかしながら、IAS19号の3を採用した場合には、形式的には日本基準と同じ償却方法を採用し得るものの、割引率を毎期見直す必要があるため、割引率の変動次第では両基準の金額的な差異が大きくなる可能性は十分にある。さらには、IAS19号の4は現行の日本基準にはないその他の包括利益への即時認識という選択肢がある点で大きく相違する。このように、IAS19号で可能な会計処理の選択のいかんによっては、財務数値に多大な影響を及ぼす可能性があり、この点では慎重な検討が必要となろう。

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