IFRS財務諸表を読みこなす(1)
「財政状態計算書」「包括利益計算書」って何?
櫻田修一
株式会社ヒューロン コンサルティング グループ
2010/1/20
IFRSで大きく変わる財務諸表の表示。企業の経営者はどのように理解し、活用すればいいのか。第1回はIFRSにおける“2つ”の財務諸表について解説する(→記事要約<Page 3>へ)
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3.包括利益計算書
包括利益計算書の本体に表示しなければならない項目は以下のとおりである。
a.収益
b.金融費用
c.持分法適用関連会社及びジョイントベンチャーの損益に対する持分
d.税金費用
e.廃止事業からの当期純利益
f.当期利益(又は損失)
g.費用別分類によるその他の包括利益の各項目
h.持分法を適用した関連会社及びジョイントベンチャーのその他の包括利益に対する持分
i.当期包括利益
特徴的なのは非支配株主(少数株主持分)損益も当期純利益及び包括利益に含めて開示し、その上で当期利益、包括利益のそれぞれの内訳項目として別途、親会社持分と非支配持分の2つに区分開示する点にある。連結財務諸表における経済的単一体説(日本基準は親会社説)の採用の結果であるが、IFRSにおいて経済的単一体説の採用は2009年7月1日以降開始事業年度から適用されるIAS27号「連結及び個別財務諸表」の改訂でのことである。包括損益の導入と共に最近の議論である点が興味深い。
包括利益の表示
包括利益の表示については1計算書方式と2計算書方式の選択が可能である。欧州では2計算書方式を採用する企業が多いと聞いている。欧州といえども投資家も経営者もやはり現時点では従来からの当期利益を重視している、という表れであると考えられる。日本基準で導入される包括利益の表示もこの2つの方式の選択適用案となっている。
継続事業と廃止事業
損益は大きく継続事業と廃止事業に区分開示される。廃止事業はIFRS5号に定義され、すでに処分されたか、または売却目的保有に分類された企業の構成要素で、かつ以下の要件を満たすものである。
- 独立した主要な事業分野または営業地域である
- 独立した主要な事業分野または営業地域を処分するための単一の計画の一部である
- 売却のためのみに取得された子会社である
IFRSでは当期にある事業を廃止し上記要件を満たした場合、包括損益計算書上、それに関わる損益をすべて相殺して純額を区分表示する。それだけでなく過去に遡り、前期の包括損益計算書上に含まれる当該廃止事業の損益も相殺して区分表示するという処理(過年度遡及)を行う必要がある。日本における会計の常識では過去の財務諸表は確定したものであり、それをビジネス上の経営意思決定により遡って修正を加える(この場合、売上が減る/利益は変わらない)という事に経営者は抵抗を感じるのではないだろうか。
この廃止事業の概念はいまの日本基準には存在しないが「非継続事業の開示」としてコンバージェンスで導入が検討されている。またIFRSでも廃止事業の定義の改訂が検討されている点に留意する必要がある。
・費用の分類方法
IFRSでは費用の分類方法として性質別分類と機能別分類の2つの方法がある。日本基準での損益計算書における分類方法は機能別分類である。性質別分類の場合には、売上原価と販管費の区別の必要はない。
・営業利益、経常利益と特別損益項目
IFRSでは特別損益項目の開示は禁止されており、日本基準における経常利益の開示はなくなる。営業利益の次は税引前利益が開示される。また金融費用または金融収益に含まれない項目は持分法投資損益を除き、すべて営業損益計算に含まれる。
4.キャッシュフロー計算書
前述のとおり、キャッシュフロー計算書はIAS7号に別途定められている。その概念、作成方法、表示方法など、日本基準とは大きな差異はないが包括損益計算書同様、廃止事業に関する区分表示規定がある。
現行の基準では直接法と間接法の双方が日本基準同様、認められているが直接法が推奨されている、ということはない。後述する「財務諸表表示に関するDP」では直接法のみの採用が検討され物議をかもしているのは周知のとおりである。
「財務諸表の表示に関する予備的見解」における財務諸表
それでは2008年10月にIASBから公表されたDP「財務諸表の表示に関する予備的見解」(以下、「財務諸表表示に関するDP」)でのIFRS財務諸表である。本DPは雑誌、専門誌等の媒体、監査法人やコンサルティングファームのセミナー、当サイトの連載などでも何度となく露出しているためすでによくご存じの方も多いと思うが、確認のために提案されている財務諸表の様式を以下に掲載する。
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1.財務諸表モデルの目的と意図
それではそもそもこの財務諸表の表示モデルは何を目的としているのか。「財務諸表表示に関するDP」では以下の3つの基本となる目的を掲げている。
- 一体性の目的:企業は、自らの活動の一体性のある財務の全体像を描写するように、財務諸表において情報を表示しなければならない。
一体性のある財務の全体像とは、財務諸表間の項目の関係が明確であり、企業の財務諸表が可能な限り、相互に補完しあっていることを意味する。
- 分解の目的:企業は、将来キャッシュフローの金額、時期及び不確実性を評価する際に有用となるような方法で、財務諸表において情報を分解しなければならない。
将来キャッシュフローの金額、時期及び不確実性の評価等を目的とする財務諸表分析においては、合理的に同質的な項目のグループに分解されている財務情報が必要となる。項目が経済的に異なる場合には、将来キャッシュフローを予測するに当たり、異なる方法で(表示を)考慮したいと思うかもしれない。
- 流動性及び弾力性の目的:企業は記述が到来した時点で財務コミットメントを履行し事業機会に投資する企業の能力を利用者が評価するのに役立つ方法で財務諸表に表示しなければならない。
流動性に関する情報は、営業活動上及び資金調達上のコミットメントを含む財務上のコミットメントを履行するための資源を企業が有しているという意味で「流動性」を考えている。こうした資源には、将来キャッシュ・インフローを生み出すために資本を調達し既存の資産を活用する企業の能力も含まれる。「財務弾力性」とは、対外債務及び既存の負債を返済するために十分な能力を有しているだけでなく、それ以上の広い概念をいう。例えば企業が以下を満たす能力にも関係する。
- 投資に対する利益を稼得し、さらなる成長のために資金を調達する
- 不測のニーズと機会に対応できるように、キャッシュフローの金額及び時期を変更するために効果的な行動をとる
3つの目的のうち、特に強調されているのが一体性の目的である。現行の財務諸表では例えば営業活動からのキャッシュフローはキャッシュフロー計算書では区分されているが、包括利益計算書と財政状態計算書には営業活動に関する同様の区分がなく比較が困難であるとか、正味営業資産利益率というような資産・負債と損益やキャッシュフローの数値を利用した各種、財務指標の算定が困難なので、これらを容易にしていくという意図を持っている。
それではなぜ、このような目的を持った、ある意味、革新的な財務諸表モデルが出てきたのであろうか。それは2008年5月に公表されたDP「財務報告に関する改善された概念フレームワーク」の中で財務報告の目的として、「現在及び潜在的な株式投資家、貸手、及びその債権者が資本提供者として意志決定を行う場合に有用となる報告企業についての情報を提供する」と定義されたことによる。資本提供者にとって意思決定に有用となる情報は、資本提供者ではない財務報告のその他利用者にとっても有用となる、と考えているのである。
株式投資家や債権者は彼らの投資や貸付資金の返還および、提供する資金に対する利得(配当、株価や債権価格の上昇、金利など)を当然に期待している。このため企業の将来キャッシュフローの金額、時期及び不確実性及びキャッシュフローを生み出す企業の能力と企業の経営者が企業の資産を効率的かつ利益を生むように責任を履行しているかに関心を持っている。新しい財務諸表モデルは彼らの企業への情報ニーズ、すなわち上記の3つの目的を実現する形として提案されているのである。