[ガートナー特別寄稿]
マイクロソフトはPDA市場においても独裁者となりうるか

ガートナー ジャパン
ITデマンド調査室
主席アナリスト
志賀嘉津士

2001/12/7

 PDAの世界をリードしてきた米パームが業績不振に苦しんでいる。これまで4〜5億ドルで推移していた売り上げが、2001年度第1四半期(8月期)は2億ドルを割り、同第2四半期(11月期)も2億ドル台だ。株価は年初の28ドルから最近は3ドルまで落ち、CEOのカール・ヤンコフスキー(Carl Yankowski)氏が辞意を表明した。

  一方、マイクロソフトのPocket PCを搭載した米コンパックコンピュータの「iPaq」は、今年春の発売以来、米国で300万台を受注したとし、猛烈な追い上げを見せている。今後はOSがPocket PC 2002に改良され、ヒューレット・パッカードのほか、富士通、東芝、NECなど国内の有力ベンダも同OS搭載製品にコミットし、流れは大きくマイクロソフトを中心とするPocket PC陣営に傾くかの様相を呈している。

PocketPCとパーム、コンセプトの違い

 Pocket PC 2002とはWindows CEのパームサイズ版。PCの使い勝手をそのまま取り込んだもので、PC側からのPDAへのアプローチといえる。本格的な企業情報端末を目指しており、VPNも標準でサポートされる。搭載されるCPUは206MHzで動き、メモリも8〜64MBなど、スペック的には2年前のノートPCに匹敵し、PCのアプリを多少改良するだけでPDAで使えるようになる。

 それに対し、パームOS搭載のパーム機は、PCのデータを外に持ち出して使う“オーガナイザー”という電子手帳に近いコンセプト。いまある技術資源をうまく取り込み、価格を抑えながら“省エネ・省資源”を旗印に進化してきた。複雑な情報処理はPCに任せるため、CPU速度は33MHz程度。その分バッテリ寿命に優れ2週間ぐらいは平気で持続する。パームの「Webクリッピング」の手法もこの流れをくむ。米国ではワイヤレスの通信料金は高額なため、必要なデータ差分だけをダウンロードして使うという工夫が凝らされたものだ。

ビジネスはPocketPC、ビジネスパーソナルはPalm

 パーム機が勢力を拡大してきた背景には、「ビジネスパーソナル」と呼ばれる、費用は個人負担、目的は仕事といったコンシューマに近い市場の拡大があり、これが省エネ・省資源的なパームのコンセプトと合致したことがある。実は、パームの不振はこの市場の行き詰まり、個人消費の減退に起因している。

 一方のPocket PCだが、前身のWindows CE機は、かつて「重い遅い・高い」と酷評されたが、改良型は半導体の進化もあって小型軽量を実現し、高速CPU搭載により、見違えて応答が速くなった。価格こそパーム機より1ランク上だが、企業端末としては、価格でもスペック面でも許容範囲になってきた。富士通やNECが目をつけたのはこの点で、彼らはPDAを企業向けモバイル・ソリューションとして、基幹系と接続するミドルウェアやサービス/サポートをからめた大きなビジネスにしようとしている。

 つまり、この流れはソリューションビジネスに耐えうるモバイル・プラットフォームがようやく登場したことを表しており、パームにしてもiモードにしても、この分野での力不足は否めなかった。

 こういったことから、ビジネスモバイル市場の流れは完全にPCと親和性の高いPocket PCに傾きつつあり、これは同時に、市場のメインストリームがパームOSを育てた「ビジネスパーソナル」から「ビジネスソリューション」に移行するパラダイムシフトを起こしていることも意味している。ガートナー ジャパンが今秋国内企業1000社を対象に行った調査では、モバイルに求める機能として80%以上の企業が「PCとの親和性」を重視する、と回答しており、これは企業ユーザーが求める方向性でもあるのだ。

モバイルの本質は多業種、様々な局面、複雑なニーズ

 それでは、モバイルの世界はこのままPocket PCに席けんされていくのだろうか。本来、モバイル分野が期待されたのは、これまでPCが入れなかったさまざまな新規市場を開拓する点だ。例えば、運送、配送、工事現場、ルートセールス、地図、ナビ、作業工程管理、メンテなどがある。また、データの処理速度よりバッテリ寿命が重視される業務、耐水性、耐熱性、耐振動性などを重視する業務もある。特に、PCが入れなかった業務がIT化される意義は大きい。

 このような多様な業務、環境に適合することが要求されることを考えると、ビジネスではPocket PCが主流とはいえ、すべてを独占するほどのシナリオは描きにくいといえる。つまり、携帯電話を含めさまざまなモバイルデバイスが提案されているが、どのデバイスにもどのアーキテクチャにも相応のチャンスはあるということだ。欧州で人気のSymbianも日本では出遅れているが、電話機能を生かした新しいタイプのモバイルデバイスとして可能性はある。

 ビジネスモバイルとはニッチ市場の巨大な集合体であり、構図としては、局面に適したさまざまなデバイスがPocket PCを取り囲む形になるだろう。ビジネスパーソナル系にしても、いまは不振だが、コンシューマを知り尽くしたパームを担ぐ「Clie」のソニーがPocket PC陣営に力強く対抗しており、コンシューマ系VSマイクロソフト系の2極化の様相を呈してきた。

注:ガートナーは世界最大のIT戦略アドバイス企業で、本記事は同社日本支社 ガートナージャパン ITデマンド調査室 主席アナリストの志賀氏からの寄稿である。

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