PCの終えんを予見していたTIのエンジバス氏が来日

2002/4/26

 米テキサス・インスツルメンツ(TI)の会長、社長兼CEO トム・エンジバス(Thomas J. Engibous)氏は4月25日、記者向けに説明会を開き、同社の今後の方針や事業戦略について明らかにした。一部では“IT不況は半導体不況”とされるほど、昨年は全世界規模で半導体市場に逆風が吹いたが、同社は早々と成長路線に戻した。

米TI 会長、社長兼CEO トム・エンジバス氏 他半導体メーカーの提携が相次ぐが、「研究開発を1拠点にしないのなら成果は上がらないのでは」と余裕を見せる

 冒頭で、エンジバス会長は、「TIのビジネスは2001年第3四半期に底を打った。以降、直近の2002年第1四半期まで3四半期連続で受注、売上高ともに増加している。TIは完全に成長路線に回復を遂げた」と述べ、半導体不況は同社と無縁であることを強調する。「顧客の在庫調整も順調に進んでおり、あとはエレクトロニクス市場の動向次第だ」(エンジバス会長)。

 同社がこのように好調な最大の理由は、エンジバス会長の“選択と集中”による無駄のない研究・開発への投資、およびその成果である製品のタイムリーな投入に尽きるだろう。同氏の手腕は、業界のみならず、ビジネス界全体において高く評価されており、米ビジネス誌にもよく取り上げられているほどだ。

 1996年CEOに就任したエンジバス氏は、当時業績が芳しいとはいえなかった同社の建て直しを図る。軍需産業のディフェンス(防衛)事業を売却、ソフトウェア開発部門を切り離し、さらにはDRAM事業からも撤退した。そして、「PCは終えんを迎える」という予見のもと、DSPにフォーカスを絞った。現在、成長産業であるワイヤレス向け半導体、DSP(デジタル・シグナル・プロセッサ)やアナログICでは、圧倒的な地位を誇っている。現在、携帯電話メーカーのトップ5社中4社が、xDSL機器メーカーのトップ5社中4社が、携帯電話基地局サプライヤのトップ10社中9社が、同社のDSPを採用している。2002年第1四半期のワイヤレス部門の売上高のうち25%が2.5G(第2.5世代携帯端末)向けで、DSP関連での売上高は前四半期と比較して7%増加したという。このように、今回の世界的な景気低迷に持ちこたえたことが図らずも、同社の戦略の正しさを改めて証明したといえる。

 同社は次世代携帯機器向けプラットフォームとして、「OMAP」を提供しており、ワイヤレスプラットフォーム市場で約50%のシェアを誇っている。OMAPは音声とデータを統合処理できるプロセッサで、ほぼすべての携帯電話通信規格やOS、プログラミング環境をサポートする。先日、インテルが、“XScale”で同市場に参入したばかりだが、TIの圧倒的シェアにどこまで食い込むか、エンジバス氏は明言は避けたものの脅威とは思っていない様子だ。「OMAPは高性能、低消費電力、システム統合といった課題を解決するアーキテクチャ。TIはこの分野に長年取り組んできた文化を持つ」と優位性を強調してみせた。

 同社の2001年の成果として、「C64x DSP」の出荷がある。動作速度は600MHzで、モトローラ(「Starcore 8101」)など競合他社製品の約2倍のスピードで動作する世界最速のDSPだ。すでにエリクソンやヒューレット・パッカード、ルーセント・テクノロジーなどが採用している。そのほかのニュースとしては、300ウェハー生産ラインの導入、130ナノメートル・プロセスの開発、銅配線によるチップの製造開始などを挙げた。

 今後も基本的にはこれまでの路線を踏襲していく。「3G、2.5Gのワイヤレス・マルチメディア、家庭用の無線LAN(規格は802.11bを採用)、そしてデジタル情報家電の3分野に注力する」(エンジバス氏)。今年度は、研究開発に8億ドルを投資することも明らかにした。

 日本では、今年の2月、これまで社長を務めてきた生駒俊明氏が会長となり、新社長にはK. バラ(Krishnan Balasubramanian)氏が就任するなど、体制を変更した。そしてこの日、新組織として「DCES(デジタル・コンシューマ・エレクトロニクス・ソリューションズ)」を発表、DSPおよびアナログICをベースとした設計ノウハウからサポートまでをワンストップで提供する。エンジバス氏は、携帯電話や情報家電などで先行している日本市場にさらなるコミットを図るとし、「顧客がより多くの機能を搭載した製品を、より低コストでよりスピーディに市場に導入するサポートをする」と述べた。

 半導体は約10年ごとに大きな技術トレンドを迎えてきた。「1960年代のメインフレーム時代がトランジスタ、1970年時代のミニ・コンピュータ時代がTTLロジック、1980年代〜90年代がPC時代でマイクロプロセッサ、そして、現在のインターネット時代がDSPとアナログIC。今後10年間、時代はポータブルな端末とリアルタイムプロセッシングだ。われわれはこの分野に注力し、さらなる研究・開発・設備投資により、より高性能な製品を提供する」(エンジバス氏)。今後も同社の動向に注目したい。

(編集局 末岡洋子)

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日本テキサス・インスツルメンツ

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