[ガートナー特別寄稿]
グリッドコンピューティングはどの程度現実的なのか?

ガートナージャパン
ジャパン リサーチ センター リサーチディレクター
栗原 潔

2002/7/5

 グリッドコンピューティングとは、ネットワークで接続された多数のコンピュータの資源を活用することで、大規模な処理能力を実現するためのアーキテクチャである。「グリッド」とは“power grid”(高圧線送電網)から来た言葉であり、地理的に分散したコンピュータを組み合わせることで、その処理能力を、あたかも電気のようにその発生場所を気にせずに使用できるようにしようという発想から来ている。

 現時点でよく知られたグリッドコンピューティングの応用には、世界中に点在する何百万台ものパソコンの余剰能力を活用して、宇宙から受信した電波を分析し地球外生命体を発見しようとするSETI@Homeプロジェクトや、オックスフォード大学が行っている癌(ガン)の治療薬の発見プロジェクトなどがある。

■主流ベンダの動向

 かつては単なる興味の対象としてしか見られていなかったグリッドコンピューティングだが、現在は主流ベンダがコミットメントを行うようになった。中でも、IBMとサン・マイクロシステムズは、おそらく最も強いコミットメントを行っているベンダである。

 IBMは、グリッドコンピューティングに対してLinux、および、eLiza(自己修復型ハードウェアの開発プロジェクト)と同等の重点を置いている。また、同社はオープンソースの開発コミュニティであるGlobus Projectとの共同作業を進行しており、グリッドコンピューティングの標準案であるOGSA(Open Grid Service Architecture)の策定を行った。

 一方のサン・マイクロシステムズは、2000年にGridwareを買収し、グリッドコンピューティングのビジネスに乗り出した。同社のグリッドの事例は、すでに5000社に達している。同社は最近、グリッド・ソフトウェアの商用有償バージョンを販売開始し、実験の段階から収益性のあるビジネスの段階へと移行を進めつつある。

 マイクロソフトもわずかな金額ではあるが、Globus Projectへの投資を行っている。(オープンソース嫌いの)同社であっても、この市場を無視できないことがわかる。多数のコンピュータがやりとりを行わなければならない点で、Webサービスとグリッドコンピューティングは相互補完的テクノロジであると言えることから、マイクロソフトがグリッドコンピューティングに興味を示すのは当然と言えるだろう。

 そのほか、専業ベンダとしては、米Platform Computing(コンパックコンピュータがサポートしている)、米Avaki、米Entropiaなどが存在する。

■今日のグリッドコンピューティングの限界

 世界中の数多くのコンピュータを組み合わせれば強力なコンピュータが実現できる、という発想は、コンピュータの専門家以外にはアピールするかもしれない。だが、エンジニアの方は、ことはそう簡単ではないことを知っているであろう。コンピューティング資源の提供は電力の提供ほど単純ではないのだ。

 現状で主流となっているグリッドコンピューティングの形態、つまり、多くのパソコン、ワークステーションや部門サーバをインターネットやイントラネットで接続するという形態(これを第1世代のグリッドと呼ぶこととしよう。ガートナーとしての公式の用語ではなく、あくまでも筆者の個人的分類法である)では、以下のような制限が存在する。

  1. 並列性が極めて高い処理でなければならない。
  2. コンピュータを接続するネットワークが比較的低速であり、信頼性が低い状況(特に、インターネットの場合)でも動作できなければならない。
  3. 各コンピュータの処理能力や信頼性がそれぞれ異なるレベルの状況でも動作できなければならない(例えば、デスクトップパソコンであれば、計算処理中にいきなりシャットダウンされる可能性も十分にある)。
  4. 計算結果を盗み見たり、プログラムを改変して、わざと不正な計算結果を送り出すような悪意のユーザーが存在しても、問題が発生してはならない。
  5. 各コンピュータのI/O能力が高くないことを前提としなければならない。

 このような条件下でもうまく動作できる計算処理のタイプとしては、乱数アルゴリズムによる計算処理、モンテカルロシミュレーション、パターンマッチングなどがある。つまり、CPUインテンシブな科学技術計算の一部に限られるのである。

 ガートナーでは、2006年までに科学技術計算を行っている企業の約5%が、グリッドコンピューティングを使用するようになると見ている。例えば、データマイニングの計算処理など、ビジネス分野でもグリッドコンピューティングが応用できる分野はあるだろう。しかし、OLTPやデータウェアハウスなどのいわゆる主流のエンタープライズ・コンピューティングを第1世代グリッドコンピューティングで実現することは非現実的である。最大の課題は、今日のデータベース技術がグリッドコンピューティングに対応していない点である。その意味で、今日のグリッドコンピューティングに対するメディアやベンダの取り扱い方には、かなりのハイプ(過大宣伝)の要素が存在すると言ってよいだろう。

■第2世代グリッドコンピューティングの定義と可能性

 しかし、多くのベンダが考えるグリッドコンピューティングの最終的ビジョンは、第1世代の形態に留まるものではない。今後のグリッドコンピューティングは、データセンターで厳格な管理が行われており、強力なI/Oを備えたサーバ群を、InfiniBandなどの高速なインターコネクトやMAN(メトロポリタン・エリア・ネットワーク)などで接続した形態になるだろう(これを、第2世代のグリッド・コンピューティングと呼ぶことができるだろう)。

 第2世代のグリッドコンピューティングは、いま現在、人々が抱いているグリッドコンピューティングのイメージとはかなり異なったものとなるだろうが、その応用範囲ははるかに広いものとなる。例えば、サンがシステムのコンピューティング資源の仮想化イニシアチブである「N1」で目指しているのは、このような世界である。

 現在でも複数のサーバを結合し、1つのエンタープライズ・アプリケーション処理を負荷分散して行う処理形態(これを資源共用クラスタと呼ぶ)は、一般化している(その最も一般的な例は、IBM系メインフレームの並列シスプレックス機能であるが、オラクルのRAC(リアル・アプリケーション・クラスタ)の登場により、UNIX/Linux/Windowsの世界でも資源共用クラスタの形態がより一般化するだろう)。第2世代のグリッドコンピューティングが目指すものは、現在はせいぜい10台程度のサーバ構成の資源共用クラスタを、数百台から数千台のレベルへと拡張することである。この過程では、第1世代のグリッドコンピューティングの研究開発や現場での経験が生かされることになるだろう。

■まとめ

 グリッドコンピューティングの方向性は正しい。しかし、コンピュータ資源が電気と同じように使用できるようになるまでには、10年レンジの期間を要するだろう。その時点におけるグリッドコンピューティングは、今日のそれとはかなり異なった姿になっているはずだ。

注:ガートナーは世界最大のIT戦略アドバイス企業で、本記事は同社日本支社 ガートナージャパン リサーチディレクター 栗原氏からの寄稿である。

[関連リンク]
Globus Project
米Platform
米Avaki
米Entropia

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