和解した? MSが坂村健氏のT-Engineと共同開発

2003/9/26

 米マイクロソフトとマイクロソフトは組み込みOSを中心に開発しているT-Engineフォーラムと協力し、T-Engineプラットフォーム上でWindows CE .NETを動作させるための仕様策定を共同で進めることに合意した、と発表した。マイクロソフトはT-Engineフォーラムに幹事会員として参加する。マイクロソフトはこれまで基本的に1社でOSを開発してきたが、情報家電分野の成長が期待される中で、1社による開発の工数が膨大にかかることや、組み込みOS市場でLinuxの伸びも予測されるため、すでに組み込みOS市場で大きなシェアを持つT-Engine陣営に加わることを決めたと見られる。

T-Engine フォーラム 会長の坂村健氏(左)と米マイクロソフトのバイスプレジデント 古川亨氏

 T-Engineフォーラムとマイクロソフトは、T-Engineプラットフォーム上で、リアルタイムOSであるT-kernelと情報系OSであるWindows CE .NETの双方の利点を生かした製品を共同で開発する。T-Engineはハードウェアの制御を厳密にコントロールできる。Windows CE .NETにはWindowsのインターフェイスや豊富なソフトの資産がある。T-EngineとWindows CE .NETのテクノロジを生かしてデジタルビデオカメラを開発する場合、カメラのオートフォーカスなどハードの高い応答性が求められる制御にはT-Engineを用い、ユーザーインターフェイスやマルチメディア機能、PCとの連携にはWindows CE .NETを利用する、というイメージだ。1つのプラットフォーム上で2つのOSが稼働することになるが、T-Engineのデータ連携機能、T-Busを使ってT-kernelとWindows CE .NETを連携させることもできる。デジタルカメラや多機能プリンタ、ハードディスクレコーダ、デジタルテレビなどに応用できるとしている。

 米マイクロソフトのバイスプレジデント 古川亨氏は、「ハードのリアルタイム性を維持したうえでソフトの資産を生かすことができる。1つのボード上でT-kernelとT-Engineの両方が動いているところを12月に開催されるイベント『TRONSHOW2004』で必ず見せたい」と述べた。T-Engineフォーラムとの共同開発には、東京・調布にある技術センターのエンジニアや米国でWindows CE .NETを開発しているエンジニアが参加する。

 T-Engineから見るとマイクロソフトとの共同開発のメリットは、ソフト資産の増加だ。マイクロソフトのWindowsプラットフォーム上でソフトを開発している多くのプログラマをT-Engine陣営に引き込むチャンスとなる。T-Engine フォーラム 会長の坂村健氏は「蓄積されているソフト資産をどう生かすかが、新しいシステム開発の鍵になる」と指摘。「1社だけでは21世紀の情報システム開発は不可能というのが世界共通の認識だ」と述べて、マイクロソフトの参加を歓迎した。ただ、T-Engineフォーラムでは、「Windows CE .NETという巨大なミドルウェアが1つ増えた」(坂村氏)という認識。世界最大のソフトベンダであるマイクロソフトもフォーラムに参加する1社として対等に扱う考えだ。

 TRON開発者である坂村健氏とマイクロソフトは、ライバル関係にあると見られてきた。坂村氏がTRONを使ったPC向けOSを開発したにもかかわらず、米国の圧力でほとんど普及しなかったという過去の経緯から、対立関係にあると語られてきたのだ。しかし、坂村氏はそのような見方を「まったくの誤解だ」と断言。「TRON対Windows、Linuxという構図はない。リアルタイムOSは機械相手のOS、Windowsなど情報系OSは人間相手」と指摘し、土俵の違いを強調した。

 今回の発表で注目すべきはマイクロソフト側だ。T-Engineフォーラムは世界の250社が参加し、互いに意見交換をしながら、信頼性が高い標準システムを開発するのが目的。GPL(General Public License)のようにソースコードの改変部分を公開する義務などはなないが、“オープン”がキーワードでオープンソースコミュニティに近い活動を行っている。自社開発がほとんどのマイクロソフトの開発体制とは大きく異なるともいえる。そのマイクロソフトがフォーラムに参加するのだから、「マイクロソフトも少しは丸くなったと感じる」(坂村氏)ということだ。

 マイクロソフトの方向転換は組み込みOS市場に対する大きな危機感が理由だ。組み込みOS市場は情報家電の成長で急拡大している。しかし、シェアの多くはT-EngineやLinuxが握り、マイクロソフトの出遅れは否定できない。そのためマイクロソフトは今年に入ってから、Windows CE .NETのソースコードをベンダに公表する「シェアードソースプログラム」を始めたり、開発ツールをエンジニアに積極的に提供するなど、巻き返しに躍起になっている。T-Engineと協力することで、情報家電成長の一翼を担って、業界への影響力を残したいというのが本音かもしれない。

 古川氏によると、マイクロソフトがT-Engineフォーラムに興味を持ち、コンタクトを始めたのはT-Engineフォーラムが設立された2002年6月。今年2月から本格的にアプローチを始めたという。古川氏が米マイクロソフト 会長のビル・ゲイツ氏にT-Engineとの共同開発を報告したところ、「その瞬間、ビル・ゲイツは“エキサイティングだ”と言った」という。古川氏は「エキサイティングには2つの要素がある。それは市場的、技術的にチャンレンジングということと、ユーザーが望む新しい市場を形成する意味でT-Engineフォーラムを援護射撃できるという意味だろう」と推測した。マイクロソフトは坂村氏が主導する「ユビキタスIDセンター」に参加することも検討していて、業界コミュニティへの接近をさらに続けるようだ。

(垣内郁栄)

[関連リンク]
マイクロソフトの発表資料
T-Engine フォーラムの発表資料

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