[ガートナー特別寄稿]
サンの世界では別の意味を持つTCO

ガートナージャパン
ジャパン リサーチ センター リサーチバイスプレジデント
栗原 潔

2003/10/10

 現在のサン・マイクロシステムズの戦略におけるキーワードは「TCO」である。とはいっても、おなじみの “Total Cost of Ownership”ではない。“Take Complexity Out”(=情報システムから複雑性を排除する)であり、“Take Cost Out”(=情報システムから不要なコストを排除する)である。

 このような「TCO」の新たな意味を見るまでもなく、サンのメッセージは常に一貫したものだ。同社は、ハイエンド・サーバによる集中型処理、さらには、サービス・プロバイダへのインフラ管理の移管による単純性の追求を、ここ数年間、継続的にユーザーに提案してきた。

 「スケーラビリティとは単に処理容量を向上するということではない。複雑性を増大させることなく処理容量を向上することこそが真のスケーラビリティなのである」とサンのCTO グレッグ・パパドポロス氏がいっているが、これには賛成するしかない。多くの企業が、単純にサーバの台数を増やすことで処理能力を増強し、結局、複雑化するインフラ管理が大きな負担になっているからである。

 しかし、これだけではサンならではの差別化要素とはいえないだろう。実際、デルを除くほとんどのシステム・ベンダが、ハイエンド・サーバ製品に力を入れているのである。HPがItanium 2を搭載したsuperdomeサーバの性能ベンチマークで示したように、Wintel環境においても、RISC/UNIX環境に匹敵するスケーラビリティを達成することは可能となった。だが、サンが賭けているのはハードウェアの技術革新だけではない。実は、ソフトウェア領域における複雑性の排除こそ、サンが力を入れる新戦略の核なのである。この戦略は、9月16日に正式発表したJava Enterprise System(コード名:Project Orion)に結集している。

 ソフトウェア領域で複雑性を排除するというと、まず思い浮かべるのは、関連するソフトウェア製品群を統合し、テストし、バンドルして提供するという、いわゆるスイート化のアプローチだろう。実際、本コラムの過去記事「収束の時代を迎えた基盤ソフトウェア――APSとSESとは?」でも述べたように、スイート化はソフトウェア業界の大きな動向の1つである。

 Java Enterprise Systemではスイート化を行うとともに、ミドルウェア製品群をSolarisと同タイミングで四半期ごとに出荷するという大胆な出荷形態を取ることにした。また、インストーラも統合され、1枚のDVD上にすべてのソフトウェアをまとめて出荷するようになっている。製品名称だけは統合されているが、実際には、導入作業、用語、媒体などがすべてバラバラという他社のアプローチに対する差別化要素となるだろう。

 サンの戦略の真にユニークな点は、複雑性の排除という戦略をテクノロジ面だけではなく、管理面、すなわち、価格体系とライセンス面からも追及していることである。

 一般的にいって、現時点におけるエンタープライズ・ソフトウェアの価格体系は決して単純とはいえない。ユーザー数ベース、接続数ベース、サーバのCPU数ベース、サーバの処理能力ベースなどなど、さまざまな価格設定方式が混在している。これはユーザーにとって不透明要素が大きいし、サーバをアップグレードしただけで急にソフトウェア価格が上昇したりと資産管理上の負担も増す。

 さらには、今後、グリッドなどのサーバ仮想化テクノロジが進化していくと、ソフトウェアがどのサーバ上で実行されるかも動的に決まっていくようになるわけだが、その場合には、サーバの処理能力に応じたソフトウェアの価格体系自体が意味を持たなくなってしまう。

 Java Enterprise Systemの価格体系は「従業員1人あたり年間100ドル」という単純極まりないものである。つまり、従業員数3000人の企業であれば、年間30万ドルでJava Enterprise Systemのすべてのソフトウェアを自由に使用することができる。何台のサーバ上で稼働させてもよいし、仮に社外にサービスを提供し、ユーザーが10万人いたとしても、価格は変わらない。

 一見、大幅値下げのようではあるが、よく見ると、なかなか考え抜かれた体系になっていることがわかる。例えば、このサービスは一時価格ではなく、年間価格であり、サンにとって継続的な収益が見込める。また、仮に社外の10万人のユーザーにサービスを提供しているとすれば、サンからそれなりのハードを購入しているということであり、結果的に十分元は取れるのである。

 システムの複雑性を排除するというサンの戦略は、現場のユーザーの悩みに直接答えるものであり、高く評価できるものだ。サンがこの戦略を適切に実行できれば、業績には明らかにプラス方向に働くだろう。

注:ガートナーは世界最大のIT戦略アドバイス企業で、本記事は同社日本支社 ガートナージャパン リサーチバイスプレジデント 栗原氏からの寄稿である。

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