「Vistaは太った怠け者」

壊れたWindowsは直せない

2008/04/15

 先週、ネットはガートナーのプレゼンテーション「Windows Is Collapsing: How What Comes Next Will Improve」(Windowsは崩壊している。次でどう直すか)の話題で持ちきりだった。Windowsが壊れているという点では私も同意見だが、直せるという見方には賛成しない。

 これはレガシーとマイクロソフトのばかげた統合戦略の問題だ。Windowsはスリムな世界にとってはファットクライアントだ。デスクトップクライアントたるWindowsに将来の居場所はない。コンピューティングはデスクトップからデバイスやサーバへとシフトしている。Windows、特にVistaは中年太りが過ぎて、ほかの軽やかな人々と一緒に踊ることができない。

 OSはコモディティ製品だ。マイクロソフトがどんなに願ってもそれは変わらない。コモディティという状況は、マイクロソフトがWindowsの独占を維持している理由の1つだ。同社が1990年代に独占を達成したのは、多くのサードパーティーがWindowsプラットフォームから利益を得られたからだ。それから少なくとも世紀の変わり目以降、同社がこの独占を維持しているのは、Windowsの重要性が低下したためだ。Windowsは消費者やIT部門にとって、チェックリストの項目の1つであり、新しいPCについてくるものだった。

 Windowsを支えるエコシステムは今も重要だが、コモディティになったWindowsはそうではない。ほとんどの企業や消費者はOSを買わない。OSの決定はアプリケーションやハードウェアに左右される。

 マイクロソフトはコモディティが売り上げをけん引するハッピーな状況を維持できたかもしれない――Web 2.0プラットフォームの成功とVistaの失敗がなければ。Web 2.0プラットフォームとVistaは対照的だ。Webアプリケーションは軽くシンプルになる傾向があり、複雑な要素はサーバに置かれ、新機能を簡単に提供できる。サービスの更新はすぐにすべてのユーザーに届く。Webプラットフォームはどんなクライアントにでも、いつでもどこでもアプリケーションを提供できる。

 これに対して、Vistaは劇的にOSを複雑にし、ハードウェア要件を引き上げた。だが、企業や消費者のモバイル機器へのシフトに伴い、市場は複雑でなく消費電力が少ないハードウェアを求めている。マイクロソフトが省電力ノートPC向けVistaを提供できないことは、この問題の大きさを示す例と言える。Vistaはハードウェア要件があまりにも高い。ほかにも、特に企業内で導入が複雑なことがWindowsと対応アプリケーションの悩みの種となっている。

 Windowsは今や衰退を避けられない状況にあり、人々がもっと強力で小さなデバイスを使うに従って、その傾向は加速するばかりだ。Web 2.0は省電力、高機能のミニノートPCやスマートフォンに理想的だ。Vistaはそうではない。私が言う「衰退を避けられない状況」というのは、今すぐのことではない。Windowsは今後何年もの間、コモディティOSとしての居場所はあるだろう。だが真のコンピューティングや情報の重要性はデバイス、サーバ、IPネットワーク、いつでもどこでもどんなマシンでもアクセスできることにシフトしてきた。

 上の6つの段落(導入部を除く)は、件のガートナーのプレゼンを見る前に書いたものだ。私の分析はガートナーのアナリストのマイケル・シルバー氏とニール・マクドナルド氏のそれとほとんど一致している。だが、Windowsの復活に対する両氏の楽観的な見方には賛同しない。Windowsの時代は過ぎた。このOSをコモディティ以上の地位に引き上げようとするマイクロソフトのむなしい取り組み――3つのコンシューマ版と2つの企業向けバージョンのVistaをリリースするという――は避けられない結果を先延ばしにしただけで、防ぐことにはならなかった。Windows XPを使い続けるという企業各社の決断は、Vista SKU戦略が失敗したという十分な証拠になるはずだ。Vistaはコモディティなのだ。

 複雑さとコモディティは正反対の概念だ。ほとんどのテクノロジ製品は似たようなトレンドをたどる。初期のモデルは複雑で高価。採用が増えるにつれて、コストも複雑さも下がっていく。Windowsはこのパターンに逆行する。コモディティの役割が増えるにつれて、複雑さ――そしてPCの総コストに占める割合――も高まった。それこそが独占力の効果だ。

 明らかに、シルバー氏とマクドナルド氏が最もこき下ろしたのはWindowsの複雑化だ。「Windowsは時とともに複雑さを増してきた」。両氏は、マイクロソフトがこの問題を認め、2004年にLonghornをリセットしてそれまでの開発をやめ、Windows 2003のコードベースから再スタートしたことをほめている。だが、この取り組みは不十分だった。

 「マイクロソフトはWindowsのモジュール方式を改良したが、小型デバイスで実行できるよう、また絶えず変わる業界の要求に合わせられるようにパーツを簡単に外したり交換できるレベルにはほど遠かった」

 複雑化はマイクロソフトとその顧客、パートナーにダメージを与えてきた。「ほとんどの組織はVista導入を最初のリリースから9〜12カ月遅らせた」と両氏は述べている。

 ハードの複雑さはまた別の問題だ。「Windowsが肥大し続ける一方で、Windowsを小さくしておきたいという顧客の要求も大きくなっている」。もっといい文章があった。「長期的には、Microsoft Windowsは今のままでは、多数のフォームファクターや高機能Webアプリケーションが存在する世界で苦戦するだろう」

 上述したように、デスクトップPCからWebへと重要性はシフトしている。シルバー氏とマクドナルド氏は、2011年はOS非依存のアプリケーションの割合がOS依存型アプリケーションに追いつき、追い越す転換点になるとしている。マイクロソフトは暫定的に、Vistaの後継である Windows 7を2010年に出荷する予定としている。マイクロソフトがアプローチを変えなければ、Windows 7の開発はひどい向かい風を受けるだろう。

 そして両氏がたどり着いたのは、驚きの結論だった。「今のWindowsを取り替えなければならない」。その通りだ。両氏は新しい仮想化アーキテクチャをWindowsの代わりとして提案している。私はそれには反対だ。Windowsを直すことはできない。市場はWindowsを通り過ぎ、遠くへ行ってしまった。両氏が考えるように、Windowsはレガシーアプリケーションには必要で、仮想化ハイパーバイザーは重要なレガシーとの互換性を提供するだろう。だが、未来はWeb 2.0プラットフォームとそれをサポートするコモディティデバイス、サーバOSにある。

 Windowsの重要性が薄れるという事態が、必ずマイクロソフトの未来になるとは限らない。私は、重点をシフトし、マイクロソフトがもっとデバイスやサーバOSに比重を置き、アプリケーションやサービスをサポートする戦略を強く勧める。ソフトウェアは今もWeb 2.0プラットフォームの世界において大いに重要だ。ただ、置かれる場所が変わっただけで。特にOSはそうだ。

 マイクロソフトはこの点で正しい方向に動いている。Windows Server 2008のモジュール式の「ロールベース」設計は複雑さを減らし、特定のタスクに合わせてソフトウェアを簡素化している。新しいホスティング版のCRM、Exchange、SharePointなどのサーバソフトウェアは、Web 2.0プラットフォームの主なメリット――いつでも、どこでも、どんなデバイスでも情報にアクセスできる――を企業にもたらす。

 だがWindowsは敗北者だ。ダイエットとエクササイズが必要だが、その行動は変わらないだろう。Windowsを自分自身から救う矯正プログラムはない。Vistaは太った怠け者だ。健康にいいものをほどほどに食べている元気で活動的な人々の中で暮らすリソース食いだ。心臓血管系の病気や糖尿病は避けられない。業界用語で「ファットクライアント」と呼ばれるのには理由があるのだ。

原文へのリンク

(eWEEK Joe Wilcox)

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