振り出しに戻ったマイクロソフト

マイクロソフトのヤフー買収断念が意味するもの

2008/05/12

 米マイクロソフトの米ヤフー買収断念で、巨額の金と大きな思惑が絡み、かかわる企業と顧客、業界全体に鑑みて大きな影響をはらんだ3カ月の攻防が終わった。

 マイクロソフトはヤフー買収額を50億ドル上乗せし、475億ドルにまで引き上げたが交渉は決裂した。マイクロソフトのスティーブ・バルマーCEOによると、2月に株式と現金による買収を提示した際の1株31ドルから、33ドルにまで引き上げたが、ヤフーが求めていたのは1株37ドルだった。

 バルマー氏は次のような談話を発表している。「買収額を約50億ドルも上乗せするなど最善の努力をしたにもかかわらず、ヤフーは提案受け入れに動かなかった。慎重に検討した結果、ヤフーが求めている額は当社が納得できるものではなく、マイクロソフトの株主、従業員などのステークホルダーにとって、提案撤回が最善の策だと判断した」

 マイクロソフトはヤフーを買収して、Web検索最大手グーグルへの対抗姿勢を強める狙いだった。グーグルは新しいWebベースアプリケーションで、マイクロソフトの牙城へ急進攻しつつある。

 実際、Interarbor Solutionsのアナリスト、ダナ・ガードナー氏によると、グーグルが競争の先頭馬に浮上する中で、マイクロソフトのヤフー買収失敗は、将来的にエンタープライズ市場に響くかもしれない。マイクロソフトのヤフーへの提案撤回により、ネット検索・広告市場でグーグルが首位であり続けるだけでなく、エンタープライズ市場の行く末にも影響を与える可能性がある。

 グーグルは企業向けに検索アプライアンスの販売と、クラウドベースのインターネットサービス戦略の一環としてグーグルのサーバでホスティングするコラボレーションスイートの提供を行っているが、エンタープライズ市場での存在感は比較的小さい。これら製品が同社の収益に占める割合は合計でわずか2%程度とみられる。

 しかしコンピューティングの展望はクラウドコンピューティング指向を強めつつあり、マイクロソフトが手掛けてきたクライアント/サーバおよびパッケージソフトのモデルは脅かされるとガードナー氏は言う。企業はすでに、グーグルが同社のデータセンターでホスティングしているアプリケーションの利用に目を向けている。マイクロソフトも同じ地位に立ちたいと考えており、その助けとしてヤフー――あるいはヤフーのような企業――を必要としている。

 「クライアント/サーバベースのアーキテクチャという旧来のアプローチはコスト効率が悪いという認識が浸透している」とガードナー氏は言い、多くの企業でPC1台の維持管理費は月額1000ドルを超すと言い添えた。

 さらに、マイクロソフトが手塩にかけたWindows Vistaが発売されても、こうした負担は何も解消されなかったため、企業はクラウドベースコンピューティングやSaaS(サービスとしてのソフトウェア)といった代替に目を向けることになる。

 結果的に、もしグーグルのような企業が月額12ドルでアプリケーションを顧客に提供すれば、クラウドに目を向ける企業が増えるとガードナー氏は見る。「結局は価格競争になる。かつての利益率の高い業務用ソフトウェア事業から、利益率が低い大量提供型のクラウドベース事業に移行するマイクロソフトにとっては不利だ」

 Ovumのアナリスト、デビッド・ミッチェル氏によると、クラウドに進出しようとするマイクロソフトにとって、ヤフーは確立されてしまった欧米市場に大量のユーザーをもたらしてくれるはずだった。

 「(ヤフーユーザーを獲得できていれば)貴重な顧客基盤を拡大することができ、マイクロソフトのクラウドベース製品を使ってもらえる可能性があった。急ピッチで浮上し、今後も浮上し続けるクラウドサービスは、ヤフーの技術力があれば市場に出すペースを加速できていただろう」とミッチェル氏。しかし「マイクロソフトはどんなことができていたかを考えて嘆くよりも、迅速に動く必要がある」

振り出しに戻ったマイクロソフト

 マイクロソフトがヤフー買収提案撤回を決めたことで、恐らく両社で多数のトラブルが回避されたが、数カ月にわたったゴタゴタで両社ともある程度衰弱し、すべてが始まる前の状態、つまり、グーグルが独占しているインターネットマーケティングの分野でどうシェアを伸ばすかを模索する状態に戻った。

 「もしグーグルの立場だったらほくそ笑んでいるはずだ」と話すのは、Yankee Groupのアナリスト、ローラ・ディディオ氏。グーグルが満足感に浸っているようなことはないだろうが「これで時間が稼げる。敵が衰弱したばかりか、次の動きを考えることに気を取られるのだから」

 マイクロソフトとバルマーCEOは構想を練り直す必要があるだろうとアナリストは言う。しかし同社にはすでに、多様な製品群や、日々同社製品を利用している何億人ものユーザーといった大きな資産がある。

 現時点で真にプレッシャーがかかっているのはヤフーのジェリー・ヤンCEOだ。同氏はマイクロソフトと業界に対し、マイクロソフトが最終的に提案してきた1株33ドル以上の価値がヤフーにはあることを証明しようと、さまざまな動きに出た。結局マイクロソフトはこれを否定し、ヤン氏は自らが仕掛けた多様な戦略でヤフーが浮上することを願うしかない。マイクロソフトが提案撤回を発表した後、ヤフー株が15%以上下落した状況ではなおさらだ。

 ヤン氏はまた、疑念を持つ株主にどう対処するかの決断も迫られる。株主の半数は買収成立を望み、半数以上はマイクロソフトの株主でもあるとディディオ氏は指摘する。ヤフーとヤフー取締役会がマイクロソフトによる買収を成立させなかった責任を問う集団代表訴訟も起こされた。

 「ヤン氏は苦境に立たされている」とディディオ氏は話し、ヤフーのライバルがグーグルのように攻撃的な企業でなければ、むしろ好ましい状況だと言えると言い添えた。「この市場でなければ、ヤン氏の戦略はライバルに対抗できるだけの優れたものだ。しかしこの市場では、優れているだけでは十分とは言えない」

 Forrester Researchのシャーリーン・リー氏も同じ見方で、5月4日付のブログで次のように述べた。

 「マイクロソフトに買収される恐れがなくなった今、ヤフーには猶予期間が与えられたが、ヤフーには1株37ドルの価値があるという信念の裏付けとなる戦略を説明・実行しなければならない。さもなければ別の買収提案にさらされ、株主が反乱を起こすだろう」

次の一手は

 マイクロソフトはヤフー買収を断念したことでトラブルを回避できたともアナリストは言う。ヤフーをマイクロソフトに合併しようとすれば、重大な問題が生じていたことが予想されるからだ。

 「ヤフーとマイクロソフトの合併は大失敗になっていたことだろう」とForresterのアナリスト、ジョージ・コロニー氏は5月4日のブログに記している。「ヤフーで最も才能のある社員はグーグルに流れ、破壊的な文化の衝突が起き、またマイクロソフトは再び当局の監視を受けることになりかねなかった。マイクロソフトが直面している最大の課題――実行可能なインターネットベースのアプリケーションという新興モデルへの順応――についても、ヤフーは助けにならなかっただろう」

 バルマー氏は今、インターネット業界でグーグル対抗姿勢を強化するため会社と製品をどう再編するかの決断を迫られている。

 「バルマー氏は社風、社員、会社の速度、ソフトウェアのとらえ方(もはやディスクに入れるものではない)、設計センス、品質基準、顧客を新鮮味のないバージョンアップにつきあわせるという使い古された迷惑な戦略、ソフトウェア開発の古めかしいやり方(それがVistaの大失敗につながった)を改革しなければならない」とコロニー氏は記している。

 マイクロソフトがこの改革を達成するためには自らの強みを生かすべきだとForrester Researchのリー氏は言い、次のように指摘する。

 「グーグルが独占している検索での地位を追い続けるよりも、マイクロソフトは『戦い』の展開を変え、検索をマーケティングミックスの一部に組み入れるべきだ。マイクロソフトはグーグルにはない資産と『関係』を持っている。HotmailやMessengerなどのツールを通じたユーザー4億人との関係、aQuantiveの買収、堅調なディスプレイ広告事業、Facebookのような企業との投資/協力関係がそれだ」

 マイクロソフトがこのマーケティングミックスに加えるべきは、前進の鍵となる強力な検索エンジンだとリー氏は言い添えた。

 eWEEKが取材したIT専門家は、多くがマイクロソフトの顧客であり、あらゆる事業的思惑の中で同社が中核的な企業のニーズに目を向け続けてくれることを願っていた。

 米医療機器メーカーVNUS Medical TechnologiesのIT担当上級ディレクターでeWEEK Corporate Partnerのトム・ミラー氏は言う。「ヤフーを買収してもわれわれにとって直接的な恩恵はないと思っていた。2つの異なる文化を統合しようとする中で、マイクロソフトの注意が中核事業からそれてしまうことを懸念した」

 マイアミデードカレッジのCIO(最高情報責任者)でeWEEK Corporate Partnerのカール・ハールマン氏は、合併が成立していたとしても自分の組織の日常業務に大きな変化はなかったと思うが、ヤフー買収によってクラウドにおけるマイクロソフトの立場が強まることを望んでいたと話す。「(合併は)グーグルと積極的に戦う意思を示すものとなり、長期的にはインターネットクラウドにコスト効率の高いソリューションをもたらしただろう」

 ハールマン氏の願いはかなう可能性もある。まだ終わったわけではなさそうだ。

 マイクロソフトは公には口にしないが、数カ月たって、特にもしもヤン氏がヤフーを正しい方向に進めることができなかった場合、マイクロソフトが改めてヤフーにアプローチする可能性は大いにある。ヤン氏はマイクロソフトが提案を撤回した後、記者団に対し、今後も話し合いに応じる用意はあると述べている。

 同時に、マイクロソフトがFacebookとの間で非公式な買収交渉を始めたとの報道もある(マイクロソフトは現在、Facebookの少数株を持っている)。タイム・ワーナーはAOLをヤフーと合併させる交渉を行っており、グーグルはヤフーに広告と検索サービスを提供するかもしれない。

 グーグルとの関係についてはヤフーは慎重になる必要があるとOvumのミッチェル氏は言う。

 「グーグルとの関係強化も計画に入っているのかもしれないが、これについてヤフーは慎重になる必要がある。広告でグーグルと組むことは、マイクロソフトがヤフーの買収を狙っていた時には一種のポイズンピル的な策として十分魅力的だったかもしれないが、ヤフーの独立を巡る深刻な疑問を生じさせる。問題は『ヤフーがどうなりたいと考えているか』だ」

 もしマイクロソフトが再び買収を提案してきた場合――その可能性はある、しかも前回の1株33ドルを下回る価格で――ヤフーとヤン氏はこの問題を自らに問い掛ける必要に迫られるだろう。

 「ヤン氏は、はったりをかけようとして、強く出過ぎたのかもしれない」とYankee Groupのディディオ氏は話している。

原文へのリンク

(eWEEK Clint Boulton,Jeff Burt,Joe Wilcox,Debra Donston)

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