「プロセスをいじらない」で成功した東京海上日動のERP導入経理システムを30年ぶりに刷新

» 2008年09月01日 00時00分 公開
[垣内郁栄,@IT]

 大手損害保険会社の東京海上日動火災保険は、四半期決算の45日開示ルールへの対応を主目的に30年間ホストで運用してきた経理システムを、UNIXサーバとパッケージソフトウェアで刷新し、今年5月に本格稼働させた。同社のリスク管理部 課長で、刷新プロジェクトの中核として働いた中原新氏が、8月21日開催のイベント「金融サミット」(日本オラクル主催)で振り返った。

 中原氏は同社入社後、約10年間システム部門に所属し、インフラやアプリケーション開発を担当した。2004年の同社合併による人事システムの刷新やERPパッケージの導入にも関わり、2005年に経理部に異動した。そして2006年7月に経理部の調査企画グループを設立し、経理システムの刷新プロジェクトの中核として働くことになった。

30年の利用でブラックボックス化

東京海上日動火災保険 リスク管理部 課長 中原新氏

 東京海上日動の経理システムは「30年前から使い続けてきたシステムで、パッチワーク的な改修でブラックボックスになっていた」という。柔軟性に乏しく、「勘定科目の追加も簡単にできなかった」。もう1つの問題点として、旧来の経理システムにはテスト環境がなく、新しい機能を追加する場合は、「本番環境をそのまま使って、そうっと(静かに)追加した」という。

 経理システムの刷新を決定付けたのは、今年度から義務化された東証の四半期開示とその45日開示ルールだった。効率的な決算作成ができない旧来のシステムでは、「四半期決算はハードルが高い。海外のグループ連結決済にも対応できない」と判断した。損害保険企業の決算は一般企業と比べて複雑といい、システムを刷新しないと「リスクが高い」と考えたという。

 2008年度からの四半期開示に間に合わせることを前提とすると、 2006年夏のプロジェクト開始は譲れない条件だった。2006年7月には基礎調査として、同業他社や隣接他社のシステムを調査。自社システムの問題点を拾い上げた。ただ、当時、東京海上日動ではさらに大きな開発プロジェクトがすでに走っていて、システム部門のリソースが不足していた。そのため、システム部門から「1年では無理。2年で開発すべき」と指摘されていた。

 だが、開発に2年かけていては2008年度の四半期開示に間に合わない。新システムと旧来のシステムを並行稼働させ、スムーズな移行を考えるなら、1年で開発するしかなかった。短期開発を実現するにはパッケージソフトウェアを活用するしかない。これが中原氏らの答えだった。

データモデルの構造を重視して選定

  2006年8月の1カ月間はパッケージソフトウェアの選定に当て、求める要件とパッケージの基本機能のフィット&ギャップ分析を行った。中原氏は「フィット率は70%が目安」と指摘した。パッケージの選定でもう1つ重視したのはデータモデルの構造。中原氏は「われわれが考えるデータモデルとパッケージが適合するかを確認した」と説明した。結果的に選んだのは日本オラクルのERP「Oracle E-Business Suite」だった。中原氏は「Oracle EBSを選んだ最大の理由は柔軟にデータを追加できること。Oracle EBSであれば1年でリリースできるとの心証を得た」と話した。

 2006月9月に稟議を通し、経理システムの刷新が正式に決まった。プロジェクトは、経理部がリードした。プロジェクトマネジャーを含め、主要なメンバーは経理部が出し、システム部門からは3人しか参加していない。IBMビジネスコンサルティング サービスが、コンサルティングを提供し、東京海上日動システムズと日本IBMが開発作業を行った。開発の一部はIBMの中国の開発拠点でも行った。新システムのプラットフォームはIBMのUNIXサーバ。

開発プロジェクトのスケジュール

 要件定義作業が始まったのは2006年10月だった。そのキックオフミーティングでプロジェクトマネジャーは「BPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)は、やらない。業務効率化や決算の早期化はこのプロジェクトでは狙わない」と宣言したという。何よりもスケジュールを最優先したプロジェクトだった。一般的にERPの導入では、その前段階で業務プロセスを整理、最適化する。これによって業務の効率化を狙う。

 しかし、東京海上日動の経理システム刷新プロジェクトでは、「プロセスをいたずらにいじらず、現行の業務プロセスをOracle EBSに1年で移す」(中原氏)ことに集中した。中原氏はこの判断について「老朽化したエンジンを最新型のエンジンに変えていくこと」と表現した。業務プロセスを変えないので確かに見栄えは旧来とあまり変わらないが、エンジンを最新にすることで、この刷新プロジェクト以降の機能追加が格段に行いやすくなることを狙った。

 開発自体はスムーズだった。「IBMが策定したスケジュールで行った。メンバーのモチベーションが高く、コミュニケーションが取れていて、適材適所で人材を配置すれば、自ずと成功する」(中原氏)。ただ、「本番と開発の環境の分離が一番苦労した」という。ユーザーが直接作業する環境を分離し、安全性を高めることが狙いだが、Oracle EBSの標準の仕様では東京海上日動が求める要件を満たさず、「アドオンで対応した」という。

新旧システムを並行稼働し決算を経験

 開発の山場は、2007年8月からの新システムと旧システムの並行稼働だった。並行稼働中は新旧それぞれで決算作成を行った。

 新旧システムの両方で2007年度中間決算、2007年度第3四半期決算、2007年度期末決算を経験した。新システムでは経理部門のオペレーションが相当変わることもあり、一度旧システムで決算を行ってから新システムで決算のシミュレーションを行うなど、「ユーザーに体験してもらう」という意味もあった。中原氏が「新システムで大丈夫」と確信したのは新システムを決算の正システムとして利用開始した2008年1月。旧システムは2007年度期末決算を終えた 2008年5月に「相当の神経を使ってそっと店じまいした」。

 新しい経理システムのユーザーは全国で約400人。単体の会計システムとしては業界で最大規模という。これまで紙で出力していた数百種類の帳票が電子化され、現場部門が柔軟に会計データを分析できるようになった。各ユーザーのシステム利用に関する証跡を一元管理できるなど、経理業務の統制レベルの向上も見込まれる。中原氏は「このプロジェクトによって劣後していたシステムを他社並みにし、過去の清算をすることができた。今後は高性能なエンジンを会計のプラットフォームとして活用したい」と話した。

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