モバイルARはIT業界の“公理”を揺るがすか

セカイカメラ、APIの商用利用でエコシステム形成へ

2010/03/09

 グーグルの登場以来、インターネット上の真理のように思われていた「情報は検索を通じて得る」という“公理”が揺らぎつつある。その震源地はモバイルWebだ。

 iPhoneに代表されるモバイルWebの台頭は、一見するとPCとWebの関係の延長線上にあるが、実際は大きく異なる。PCという半ば固定化されたデバイスとは異なり、モバイルWebはその特性を生かし、まずは位置情報を、そしてソーシャルな関係性と連動した新たな世界を作り出そうとしている。

tnfig1.jpg 頓智ドットの井口尊仁CEO

 そんな中、iPhone用AR(Augmented Reality:拡張現実)アプリである「セカイカメラ」を提供する頓智ドットは3月4日、セカイカメラと連携するコンテンツを開発するためのAPI群を正式に公開した。

 2009年12月の時点で提供が発表されていたこのAPI群は「OpenAir for Publishers API」という名称。レスポンスフォーマットにJSONを用いるRESTfulな仕様となっており、その詳細はこちらで確認できる。まずはコンテンツパートナーとのエコシステムを迅速に構築するために、商用利用を前提とする有償のAPIを用意、非商用の利用を想定した無償版APIの提供は見送られた。

 コンテンツプロバイダーはこのAPIを利用することで、自社のコンテンツデータをマッシュアップし、セカイカメラの拡張現実空間上に「エアタグ」と呼ばれる情報として展開できるようになる。エアタグ情報は任意の位置・高度に配置できるほか、デザインのカスタマイズなども可能。また、API経由のコンテンツは、Authorized Userによるコンテンツとして扱われ、フィルタ機能で優先的に取り扱われるほか、デフォルトではコメントが付けられないような設定となっている。分かりやすく言えば、認証されたコンテンツについては露出を優遇するということだ。一般ユーザーによるエアタグと明確に区別することで、コンテンツの質を確保したい考えだ。

リクルートら各社もモバイルARに本腰

 APIの公開と同日、その詳細を紹介するイベント「Bootstrap 1.0」が都内で開催され、複数のコンテンツパートナーがこのAPIを使ったコンテンツの提供を開始したことが頓智ドットの井口尊仁CEOから紹介された。

 この日、セカイカメラへのコンテンツ提供を表明したのは、ぐるなび、ネクスト、カカクコム、東急ハンズ、リクルート、そして日本法人設立を発表したばかりの「Evernote」。このほか、楽天トラベル、マツモトキヨシ、みんなの経済新聞ネットワークなどもエアタグの配信を開始している。

 ぐるなびは約5万3000店舗の飲食店情報を、ネクストやカカクコムは、それぞれ「HOME’S」「スマイティ」といったサイトの賃貸/不動産物件情報を提供する。東急ハンズは、販売する製品の具体的な利用シーンをジオロケーション(位置)情報と連動させることで、販促につなげる考えだ。

 注目したいのはリクルートの動きだ。同社は、「FooMoo」「SUUMO」「じゃらん」「カーセンサー」といった自社で運営する4つの情報サイトのコンテンツを投入し、モバイルARコンテンツでの制空権をいち早く握りたい考えだ。じゃらんを除くコンテンツは同日から配信が開始され、じゃらんのみ3月24日からの提供となる。マッシュアップの仕方も高度で、例えばホットペッパーのグルメサイトであるFooMooのコンテンツは、位置情報との単純なマッピングではなく、現在時刻と店舗のラストオーダーの時間を考慮したフィルタリングを可能にするなど、作り込みが図られている。

tnfig2.jpg リクルートは4つの情報サイトのコンテンツを投入
tnfig3.jpg FooMooのコンテンツは現在時刻と連動させたフィルタリングを提供することで、例えば2次会の店舗を容易に探せるような仕組みを提供

 今回パートナー企業から提供されるコンテンツは、「食」と「住」に関するものが多い。また、HOMESとSUUMOなど、一部でコンテンツがかぶっているものもあるが、多少のアラがあっても、許容範囲のクオリティで全体を構築すること、言い換えれば、不完全さを許容することで、エコシステムを迅速に形成したい考えだ。

 また、3月3日に日本法人設立を発表したばかりの「Evernote」もセカイカメラへの対応を表明した。同社はPublic Notesをエアタグにする機能などを盛り込み、今年後半の連携開始を予定している。米Evernoteのフィル・リービンCEOは「これまでEvernoteはプライベートな情報を集約することに注力してきたが、セカイカメラとの連携で情報の共有を推進したい」とセカイカメラへの期待を語っている。

セカイカメラはモバイルARの最右翼足り続けるか?

 一方で、モバイルARを取り巻く環境にも変化が生じつつある。現在、アップルが運営するApp Storeは、Wi-Fi機器で現在位置をリアルタイムに測定するクウジットの技術位置情報技術「PlaceEngine」を使用したiPhoneアプリを非公開とした。セカイカメラもこの技術を用いており、同社は「App Store審査の都合で一時的にダウンロードできなくなっている」とコメントするにとどめているが、この動きは注目される。

 iPhoneアプリの開発者として知られる深津氏は、自身のブログでこの動きについて、いくつかの考察を加えている。そこでは、「SDK違反」など理由のほか、「アップルの潜在的競合とみなされた」のではないかともしている。後者の場合、今後セカイカメラの戦略の見直しまで求められるような事態に発展する可能性がある。なお、現時点ではiPhoneプラットフォーム以外ではセカイカメラはリリースされていない。

 現在もまだこの問題は解決しておらず、セカイカメラの展開に水を差すような形となっているが、そんなことはおくびにも出さず、井口氏は、公開予定のバージョン2.2について説明した。バージョン2.2のポイントは「Air Filterのパワーアップ」「処理の高速化」の2つで、「スマートなフィルタをスピーディーに」(井口氏)提供するという。

 Air Filterのパワーアップとは具体的に言えば、ユーザーの状態と周辺環境情報を適切に結びつけるためのインテリジェントなフィルタであり、これこそがモバイルARの肝となる部分である。今後、Authorized Userによるコンテンツはますます増加することになる。それらの中からユーザーにとって必要なものだけを表示することができなければ、モバイルARは情報過多の世界となってしまう。前述のFooMooのエアタグのように、時間と空間、さらにユーザーの状態を結びつけ、玉石混合のコンテンツから的確なものを提供できるかどうかがセカイカメラの今後を占うことになるだろう。そうした意味ではモバイルARという新しいUIはまだ未成熟であり、ようやくこれから整備が進んでいくのだといえる。

 最後に、モバイルARがどの程度の市場規模かを示すために、英Juniper Researchが2009年にまとめたモバイルARの市場規模リポートを紹介する。同リサーチによれば、2010年までは2億円ほどである同市場は、2014年には640億円近くにまで拡大すると予想している。エンタープライズアプリケーション市場の中核を成すERPとCRMの国内市場がそれぞれ約1000億円、約200億円規模であることを考えれば、非常にポテンシャルがある市場である。また、興味深いことに、モバイルARの市場は、米国以外の国々で急速に立ち上がりつつある。セカイカメラはモバイルARの最右翼であり、だからこそリクルートなどがいち早くセカイカメラへの対応を表明したともいえる。

 検索を中心に回ってきた感のあるIT業界も、時間と空間に情報をマッピングするモバイルARの登場が提供する新しいユーザー体験によって、別の市場が生み出される可能性が高い。この市場において、セカイカメラがどの程度存在感を示せるか、注目される。

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(ITmedia 西尾泰三)

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