米SAS CEO 、「目的意識のない分析は危険」ジム・グッドナイト氏に聞く、ビッグデータ時代に求められる“分析”

» 2011年10月27日 00時00分 公開
[内野宏信,@IT]

 米SASは10月26日(米国時間)、年次イベント「THE PREMIER BUSINESS LEADERSHIP SERIES」を米オーランドで開幕した。“ビッグテータ”への関心の高まりを反映して、ユーザー企業のIT担当者をはじめ、米国全土から多数の来場者が詰め掛ける中、米国共和党の政治家、コリン・パウエル氏の基調講演では立ち見も出るなど、イベントは初日から活況を呈した。

 ただ、気になるのは、米国における「ビッグデータ」という概念の理解度、浸透度だ。休憩中の会場内でも「ビッグデータ」「predictive analysis」といった言葉が当たり前のように飛び交ってはいたが、米国のユーザーは、実際どの程度までこの新しいキーワードを理解し、業務に取り込んでいるのだろうか? 米SAS CEO ジム・グッドナイト氏に話を聞いた。

BIとBAは、違う

 「ビッグデータという言葉に正確な定義などない。だがその効用を見れば、誰でもすぐにそれと理解できる。それがビッグデータだ」――。

 「日本ではまだ“ビッグデータ”という言葉の理解度が低いが、欧米ではどのような状況なのか」という問いに対して、グッドナイト氏はユニークな回答を返してきた。

 「例えば金融業ならクレジットカード詐欺のパターン、メーカーなら品質保証範囲、通信では新規客の開拓、製薬なら臨床実験に基づく新薬の効能など、幅広い業種の企業が大量のデータを分析し、収益向上につながる知見を見出している。実際にそうした効用を知れば、ビッグデータの意義を確実に理解できるはずだ」

写真 米SAS CEO ジム・グッドナイト氏

 事実、米SASは今年度、新規のソフトウェアライセンスの売り上げが対前年比20%の伸びを記録した。これは同社の分析ソリューションの“効用”が、既存・新規の両顧客層にあらためて理解された結果と言えよう。ただ、グッドナイト氏は、「“ビッグデータ”は多くの企業が保有しているが、まだ大半の企業はそれを眠らせたままだ。正しく“分析”できなければ、ビッグデータの意義も効用も理解することは難しいだろう」と付け加える。

 特に注意すべきは、この「分析」の意味合いだという。一般に、「分析」というと近年、日本でも注目を集め、ツール市場も活性化している「BI」と混同される例が多い。これに対してグッドナイト氏は、「BIは過去と現在を分析してレポーティングするもの。一方、今必要とされているのは、過去と現在の結果からデータモデルを作り、“将来を予測する”行為だ。われわれはこれを分析と呼び、その実現のためのツールを用意している」と語る。

写真 BI(Business Intelligence)とBA(Business Analytics)の違い。具体的に言えば、「何が起こったか」を知るのがBI。「これから何が起こるのか」を予測するのがBA。予測結果を基にプロアクティブに意思決定を行う

 その象徴的な例が小売・流通業への導入事例だ。例えば、ある大手小売りの場合、SASを導入して既存の販売履歴データなどから、年間を通じての販売量を予測。それを基に年間の生産計画を立てて予算を組むことで、需要変動の波に対応。コストの無駄を抑えた供給計画を実現しているという。

写真 「BIとBAの違いを認識するべき」(グッドナイト氏)

 ソーシャルメディアマーケティングにおいても効果を発揮する。具体的には、TwitterやFacebookなど、ソーシャルメディア上を流れる非構造化データのうち、自社製品に関する発言を収集・分析することで、「自社ブランドがどのように市場に受け止められているか」を高い確度で把握できる。

 一方、新製品を出す場合には、想定されるターゲットの発言を分析することで、ターゲットの志向性をつかめる。そのさまざまな志向性を、例えば「映画は見るが本は買わない」「本は買わないが音楽はよく聞く」といった具合にセグメントし、次の購買行動を分析していけば、各セグメントに的を絞った無駄のない、より効果的な製品訴求ができる。すなわち、ROIの向上につながる。

 「ただ、こうした将来予測のための分析も、市場のスピード感に合わせてリアルタイムに行えなければ意義が半減してしまう。そこでハイパフォーマンスな分析基盤が必要となるわけだが、SASでは15年間、この分野のソリューションを提供し続けている。“予測”をうたうベンダは複数存在するが、われわれは競合と比較しても5年は先に進んでいると思う」

 グッドナイト氏はこのように述べ、特に自社製品のテクノロジを、各業種の業務知識に基づいて、確実に役立つ形で提供する“業種特化型のソリューション”であることをあらためて強調する。

並列分散処理はビッグデータ時代に不可欠なテクノロジ

 同社はそうした“ソリューション”を具現化する基盤として、昨日の2011年10月25日、TeradataもしくはEMC Greenplumのデータベース・アプライアンス上で、テラバイト単位のデータをほぼリアルタイムに処理し、SASの分析エンジンに処理結果を渡すことで分析処理を超高速化する「SAS High-Performance Analytics」を発表した。

 このポイントとなっているのが、同製品が実装する3つの分析手法だ。1つはDWH側で集計したデータを、SASの分析エンジンに渡してから分析するのではなく、DWH側でモデリングやスコアリングなどを行い、その結果を分析エンジン側に渡すことで、I/Oの問題を回避しながら、分析の高度化・高速化を両立する「In-Database Analytics」。

 2つ目が、複数のノードでデータを並列分散処理する「グリッドコンピューティング」。そして3つ目が、データがマルチスレッドで分散したままの状態で、さらにインメモリ上で処理を実行した上で、その結果だけを分析エンジンに取り込んで分析を高度化・高速化する「In-Memory Analytics」だ。

写真 「並列分散処理は、高度な分析に不可欠なテクノロジになっていくだろう」(グッドナイト氏)

 グッドナイト氏は、「In-Database Analytics」はもちろんだが、特に今後のリアルタイム分析でキーテクノロジになるのは、後者2つに共通する「並列分散処理」だと力説する。

 「近年はCPUの能力が著しく向上し、一方で価格は安くなっている。従って1社で数千ものCPUを使っている例も珍しくない。だが、処理速度が非常に高速なCPUとはいえ、日々蓄積されていくデータを個別のCPUで分析処理するのはいかにも効率が悪い。並列分散処理によって、CPUリソースを無駄なく効率的に活用するとともに、その処理速度の速さをビジネスへのフィードバックの速さに還元することで初めて、ビッグデータの効用を享受できる。今後、並列分散処理は、高度な分析に不可欠なテクノロジになっていくことだろう」

「何を目的とし、どう分析するのか」――自覚がない分析は危険

 一方で、近年はビッグデータというキーワードの下、「データ分析」という言葉が身近なものとなり、さらにはテクノロジの進展によって、従来は分析官など一部の人たちのものだった「分析」のハードルが低くなりつつある。一見、歓迎すべき傾向のようだが、グッドナイト氏はこうしたトレンドに対して警鐘を鳴らす。

 「確かに分析は容易で、多くの人にとって身近なものになりつつある。だが一番大切なのは、分析に際して『いま自分が何を目的とし、何をしているのか』という自覚を持つことだ。これをきちんと認識していなければ、分析という行為は、企業にとって危険な行為と化してしまう」

 これは分析ツールに限らず、ITツール全般にあてはまる鉄則と言えるだろう。特に分析の場合は、意思決定を左右する行為だ。「何のために」というゴールが明確になっていなければ、データに対する有効な視点も見出せない。目的が分かっていなければ、ゴールへの最短距離を示してくれる道標となるはずのものが、逆に混乱を呼び寄せ、コスト、ブランド、信頼といった面で実害をもたらしかねない状況を招く。

写真 「今後は分析ツールを有効に使い、各社の課題に合わせて適切なソリューションを提供できる人材がもっと必要だ」と、人材育成の重要性を語るグッドナイト氏

 グッドナイト氏は、低迷を続けている近年の世界経済について、「こうした中でも価値を生み出し、より良い状況へ移行しようとする動きは確実に生じ始めていると思う。だが、それを担える才能の持ち主が足りない」と指摘する。

 そこでSASでは、大学に働き掛けて、MBA(Master of Business Administration)を受講する学生に対し、「分析による問題解決」をテーマにした講義も実施しているという。ビジネススクールで統計学や分析技術を教育するための「JMP」などの分析ツールを、20年以上にわたって提供したり、データを分析できる人材、分析のためのプログラムを書ける人材のスキルを認定する「SASグローバル認定プログラム」を各国で提供したりしている背景にも、そうした考え方があるのだろう。

 「(テクノロジも大切だが)、今後はツールを有効に使い、各業種・各社固有の課題に対し、適切にソリューションを提供できる人材の育成が非常に重要になると思う」――グッドナイト氏は最後にこう締めくくり、テクノロジは自社を発展に導くための手段であり、その適切な生かし方を学び、使った際の影響を自覚することの重要性を強く示唆した。

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