[Analysis]

ニコニコ動画が考えるべきはノンテクユーザー

2007/10/16

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 1年以上も前になるだろうか。某ネット企業の敏腕投資担当者と話していたら「Second Lifeって面白いですよね!」といわれた。「やってみたんですか?」と聞いてみたら彼自身はまだやっていないようであった。

 Second Lifeを技術的にみるとマクロがオブジェクトスクリプトとして強化され、ユーザーオブジェクトが共有できる反面、集中に弱いアーキテクチャと思われた(注1)。その点どう回避してるんだろと思ったら、人数制限がかかるという割り切った設計。つまりユーザーの増大より中規模サイズのユーザーのコンテンツの共有と作成に比重を置いた設計だ。

 だが、この手のものにまず飛びつく、特にMMORPG(Massively Multiplayer Online Role-Playing Game)になじんだユーザーにとっては、ゲーム内での生産やRMT(リアルマネートレーディング)による現実の貨幣との交換などは、一般的な概念。ユーザーサイドのコンテンツ作成にしてもなじみのある概念で新奇ではない。さらにSecond Lifeは、レベル上げなどのとりあえずやること、つまり作業性もなく助け合い要素もないために、ユーザーが定着しにくい。

 結果、Second Lifeに対する当時の私自身の評価は「アーリーアダプターも飽きやすく、CGMというにはチュートリアルからして敷居が高い。見るだけの初心者に対するエントリーバリアが高すぎて爆発的な普及は難しいんじゃないか」というものであった。

 ところが某氏の評価は極めて高かった。意見というのは正誤ではなく、導き出された見解の背後分析に面白さがある。彼なりの判断の根底には、属するコミュニティでの熱気とビジネスの臭いがあったはずだ。考えてみると彼の周りには“SEOな人々”(注2)が多いのだ。逆に私の周りに多いのは“Ajaxな人々”(注3)である。

SEOな人が好むSecond Life

 SEOな人にとって、Second Lifeはバズワードにあふれている。バーチャル世界、CGM、仮想通貨取引、仮想不動産売買。SEOな人にとってビジネスの相手は予算を持った企業の広報部門だろう。自社の先進性を訴えたい広告主にとって、これらのあふれるキーワードは魅力的である。実際の広告価値のあるなし、極端にいえば、アーキテクチャの問題でユーザーが集まれないとしても、宣伝材料に使えるなら、そして金が出るなら問題はない。某氏は、こうしたビジネスの臭いをかぎ取っていたに違いない。得てしてビジネスで成功するのはSEOな人々だ。

 これに対してAjaxな人とは、そこで何を作れるのかを考え、そして、自分にとって面白いのかどうかに関心を示す人たちだ。Ajaxな人にとってSEOな人はうさんくさい。技術的に陳腐で面白くもないものをはやし立てて、お金を儲けている人と映るのだ。私にとって身近なAjaxな人々の間でSecond Lifeの評判が悪いのも、そこがあまりにSEOな人の臭いが強いことを原因として挙げられるだろう。

忘れられるノンテク層

 ところでブログ、SNSから始まったCGMの流れは、動画、三次元化への転換を見せようとしている。しかし、Ajaxな人もSEOな人も忘れがちなのは、その流れが未だ試行段階の途上にあるということだ。

 ブログなどのテキストベースのコンテンツは作成も容易で、身近な人の話であれば些細な話題も読まれる。また人が掲示板をしばしば訪れるのは、自分の発言にほかの人がどんな反応を示すのかに関心があるからだ。

 しかし、動画などのイメージコンテンツはプライバシーの問題があるため公開性にはどうしても制限がつく。かといって家族、サークル向けのクローズなビデオ/写真共有では更新頻度も下がり、ユーザーが訪問する習慣に結びつかない。プライバシー、著作権含め公開に支障がなく他人が感心を持つような動画を作るのはなかなか難しいのだ。3Dオブジェクトとなればなおさらである。

 その点、わが国発のニコニコ動画は、ある程度スキルのある投稿者の動画に対し、簡単なコメントを付加するという、投稿者とユーザーを棲み分けた仕組みでインターラクションの敷居を劇的に下げるという画期的な手法である。

 しかし、ニコニコ動画にしてもSecond Lifeにしても、CGMを指向しながらプロが作ったコンテンツを祭のように楽しむ場として安定しつつあるように思われる。提供されるコンテンツには初期ユーザーの偏りが色濃く、楽しめる祭をそこで発見できない人はなかなか定着できない。自らの発信に対するリアクションを楽しむCGM本来の循環にはいたっていないのである。

 こうした根源的な構造の副作用はすでにSecond Lifeにおいて、ログインユーザー数の減少という形で表れている。一方、ニコニコ動画は未だ発展期にあるが、現状のコンテンツと仕組みでは、早期に拡大の限界が来るだろう。

薄いユーザーのコンテンツ作り

 今後のニコニコの課題は、濃いユーザーに面白いコンテンツを作ってもらう仕組みと同時に、薄いユーザーにいかに適切なコンテンツを提示し、薄いユーザー自身がコンテンツ作りを行える仕組みを提供できるかだ。つまり真のCGM化が鍵となる。

 特に自分の投稿テキストをトラッキングできる仕組みや、他人の投稿テキストに影響を与える仕組みが求められる。薄いユーザーであるノンテク層が、自分の発信の影響をチェックするために繰り返し訪れ、楽しむ仕組みが必要になってくるだろう。

注1

コンピュータグラフィックスでは、隠蔽やLOD(Level Of Detail)の概念により、見える範囲にデータを絞ることで計算負荷を減らすさまざまな処理が入る。それでも、1カ所に多量のユーザー作成モデルやスクリプトが集まると、相互作用含め計算量が幾何級数的に増大してしまう。

注2

SEOはSearch Engine Optimization(検索エンジン最適化)の略だが、ここでは、Webを技術よりむしろビジネス面から語る人々に付与した総称として使っている。文系の技術好きが多い。

注3

Webを技術面から考える人の総称。

(イグナイトジャパン ジェネラルパートナー 酒井裕司)

[著者略歴]

学生時代からプロエンジニアとしてCG/CADのソフトウェア制作に関わり、その後ロータスデベロップメントにて、1-2-3/Windows、1 -2-3/Mac、Approach、Improveの日本語版開発マネージメント、後に本社にてロータスノーツの国際化開発マネージメントを担当後、畑違いのベンチャーキャピタル業界に転職した異色のベンチャーキャピタリスト。2005、2006年度 IPA 未踏ソフトウェア創造事業のプロジェクトマネージャ



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