XY座標軸で理解するクラウド[Analysis]

» 2008年11月10日 00時00分 公開
[垣内郁栄,@IT]

 クラウド・コンピューティングがよく分からない。これまで取材してきたソフトウェアやハードウェアなら何ができ、何ができないか、企業にとってのメリットは何か、などが明文化できた。しかし、おそらく世界中で言われていることだがクラウドはまさに“雲をつかむ”ような話だ。企業がこれからクラウドの利用を考える場合、何をどう評価すればいいのだろうか。

 そんなことを考えるうちにマイクロソフトのCEO スティーブ・バルマー(Steve Ballmer)氏の講演を取材する機会があった(参考記事:MSのバルマーCEO、「Windows Azure」を日本で紹介)。バルマー氏は同社が発表したばかりのクラウド向けOS「Windows Azure」を日本の技術者にアピール、次いで競合の状況に言及し、次のように語った。「本当の意味でリッチなクラウド向けのアプリケーションを開発したいのであれば、アマゾンは市場に出ている」。そしてグーグルについては「Pythonのツールがあるだけ」。

 アマゾンは持ち上げて、グーグルは落す。どうしてだろうか。もちろん、アマゾンが同社のクラウドサービス「Amazon Web Services」(AWS)でWindowsサーバをサポートする計画なのもバルマー氏が持ち上げる理由だろう。しかし、本当の理由は同じクラウドと行ってもマイクロソフトが考えるクラウドと、アマゾンが考えるクラウドの世界が大きく異なる一方で、グーグルとは重なるところがあるからではないだろうか。

パブリックか、プライベートか

 クラウドの世界に2つの軸を置いてみよう。X軸はどのエリアを対象とするクラウドかを示す。不特定多数の企業や個人に使ってもらうことを想定したクラウドか、それとも企業内だけなど限られたエリアに向けたクラウドかどうかということだ。不特定多数の人が使うクラウドをパブリッククラウド、限定的な利用のクラウドをプライベートクラウドと名付けてもいいだろう。そう考えると、マイクロソフトが「Windows Azure」で実現するクラウドはあくまでもプライベートクラウドの実現だ。企業が持つWindows環境をそのままクラウド上でホスティングし、イニシャルコストや運用管理コストの削減、可用性の向上を目指すといえる。SLAやサポート体制が重要になることは、これまでのエンタープライズ・コンピューティングと同じだ。IBMが世界中で展開するクラウド戦略も、基本的には企業向けのプライベートクラウドを構築する方向だ。もちろん、マイクロソフトはWindows Liveなどパブリッククラウドで存在感を増すことも狙っているが、それはあくまでもWindows Azureのショーケースとして考えているのではないだろうか。

 そしてアマゾンが考えるのはパブリッククラウドだ。アマゾンが構築するクラウドはクレジットカードと技術力さえあれば、誰でも使えるクラウドであり、構築したアプリケーションは外部に公開することもできるし、限られたメンバーだけに使わせることもできる。しかし、アマゾンのAWSを構成するクラウド技術を、社内データセンターなどに適用できるわけではない。アマゾンにとってクラウドは1つなのだ。パブリッククラウドは成熟するとともにコストや使い勝手が重要な意味を持つようになるだろう。パブリッククラウドの提供ベンダにとっては、巨大なクラウドインフラをいかに効率的に維持し、開発者のニーズへの柔軟性を高めていけるかが鍵になるだろう。この意味で、マイクロソフトとアマゾンはライバルではない。パートナーなのだ。

 マイクロソフトがグーグルに対して敵意を燃やすのはグーグルがクラウドの世界で2つのサービスを提供していて、マイクロソフトと一部で競合するからだ。1つは「Google App Engine」。バルマー氏がいうように現状はPythonコードを対象にしたクラウドだが、アマゾンと同様にパブリッククラウドと捉えることができ、この意味ではマイクロソフトと直接は競合しない。おそらくマイクロソフトが敵視しているのはオフィス機能をオンラインで提供する「Google ドキュメント」だ。SaaSの代表とされるサービスだが、クラウドのプラットフォーム上でアプリケーションが稼働していると理解できる。

プラットフォームか、アプリケーションか

 ここでもう1つのY軸が現れる。プラットフォーム指向か、アプリケーション指向かだ。プラットフォーム指向はアマゾンやFacebook、IBMなどを挙げられるだろう。アプリケーション指向はそのクラウド上でアプリケーションを提供するGoogle ドキュメントであり、Zohoが代表的だ。そしてマイクロソフトもアプリケーション指向を持つと考えられる。バルマー氏はWeb版のMicrosoft Officeの提供に言及しているし、「ソフトウェア+サービス」戦略は、オンラインとオフラインのアプリケーションが巧みに連携することが特徴だ。グーグルが展開するオンラインのアプリケーション展開を黙って見ていられるわけがない。

クラウド・コンピューティングを理解するための座標軸

 また、グーグルはパブリッククラウドだけではない。企業や教育機関向けにオンラインのオフィス機能を提供する「Google Apps」は、プライベートクラウドのサービスと言えるだろう。Windows環境をクラウドで実現することを目指すマイクロソフトにとっては競合以外の何者でもないわけだ。

引き出しが多いセールスフォース

 クラウドをパブリックかプライベートか、プラットフォーム指向かアプリケーション指向かでマッピングすることをとりあえず試みてみたが、1つ重要なプレーヤーを忘れていた。セールスフォース・ドットコムだ。セールスフォースは初期には、「Not Software」をキーワードにSaaS型のCRMとして注目され、国内でも有望な顧客を獲得した。

 この時点ではプライベートでアプリケーション指向のクラウドサービスと言うことができたが、同社は2007年9月にプラットフォーム型クラウドの「Force.com」を発表した。Force.comでは顧客はクラウド上にアプリケーションを構築し、パブリックまたはプライベートで利用できる。アプリケーションの取り引きマーケットも設立。この11月には、企業のWebサイトやWebアプリケーションをホスティングする新機能「Force.com Sites」も発表した。プラットフォーム型のクラウドはPaaS(Platform as a Service)とも呼ばれる。エンタープライズに関しては、セールスフォースはクラウド座標軸の4象限に関わる最も引き出しが多いプレーヤーと言えるだろう。

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