金融危機は日本のIT産業が進化する好機[Analysis]

» 2008年11月17日 00時00分 公開
[酒井裕司,日本ソフトウェア投資]

 金融危機と言われている。国内の機関投資家の方と話していても事態の掌握に忙殺されていて新規案件に関しては当面考えられないという方が多い。公開した多くの企業も株価が下がり、企業価値向上に関する真剣な相談を受けることも多くなった。特にIT関連企業の株価下落幅は大きく、産業そのものに対する行く末に疑念を投げかける声も聞かれるようになった。IT投資の時代は終わったのではないかと。

 悲観的になっている時になすべきことは、冷静に事実を分析してみることである。IT産業の変化の原動力は何で、それは、どうなるのか。そして、実際の投資動向はどうなのか。

北米の投資動向と変化

 北米のベンチャー投資動向は、NVCA(全米ベンチャーキャピタル協会)のWebサイトで簡単に調べることができる。2008年を特徴付けるのはIPOの激減(下記参照、NVCA資料[PDF]から作成)である。

M&A
IPO
2007
359
86
2008(第3四半期まで)
199
6

 株式市場の低迷は確実にベンチャー投資のIPOという出口を塞いでいる。しかし、その落ち込みは、M&Aを通した企業売却により下支えされ、ファンド成績の極端な低下は回避されているようだ。こうしたことから、ベンチャー投資に向かう資金自体はまだまだ堅調(NVCA資料[PDF])である。

ファンド数
投資額(100万米ドル)
2003
151
10,622
2004
210
19,144
2005
232
28,557
2006
238
31,756
2007
250
36,105
2008(年初来)
178
24,326

 そして、投資分野に関して言えば、主流は相変わらずソフトウェア企業に対する投資だ。反面、インターネット特化型企業(サービスなど含む)への投資は減少傾向であり、バイオやクリーンテクノロジなどが新分野として台頭しているという状況(NVCA資料[PDF])である。

第3四半期
会社数
投資額(10億米ドル)
ソフトウェア
214
1.34
バイオテクノロジ
114
1.35
クリーンテクノロジ
73
1
インターネット特化企業
194
1.1
半導体
50
0.39
通信
45
0.32
エネルギー
96
1.2

 北米のベンチャー投資は、何度も不況の波を乗り切ってきた成熟した投資領域である。機関投資家を中心とした長期資金が支えるベンチャーファンド投資は、前回のITバブル崩壊後のIPO低迷期においてもM&Aを通して投資資金を回収し、NASDAQやS&P 500の投資利回りを安定して上回ってきた。今回の金融危機で大幅に縮退するとは考えにくい。

変化と本質

 さて、なぜいまだに米国市場では、ソフトウェア企業に対するベンチャー投資が続いているのであろうか。1つはすでに述べた「買い手の充実」が挙げられる。そして買い手が買わなければならない理由、それは、半導体の高度化により、ソフトウェアが対象とする環境/アーキテクチャが、いまでも急速に変化しているからである。

 限界が見え始めたとはいえ、ムーアの法則は健在である。進化する半導体は、通信を高速化し、ソフトウェアが走るべき場所は、PCの上であったり、モバイルデバイスであったり、Webサーバであったりと、短いスパンで変わっていく。時代ごとの“スターデバイス”に合わせて、ソフトウェアの書き直しとアーキテクチャ再設計が必要となる。インターネットサービスも、ソフトウェアによるサービスの提供方法の違いに過ぎない。この変化がソフトウェア産業を支えているのである。

買い手不在の日本

 翻って日本では悲観的な空気が漂っている。中国やインドなどの新興国に置き去りにされているという背景もあるが、ITベンチャー投資分野に関して言えば、原因は明確である。我が国のベンチャー投資は過度にIPOに依存した体質なのである。

 米国では、成熟したIT企業が、新興のITベンチャーを買収することにより新規技術、新規ビジネスを補完している。この大手IT企業によるM&Aがファンドにとっては安定した資金化の手段となり、安定的なファンドパフォーマンスの基礎となってきた。こうしたM&Aでは買い手自体が産業のプロでもあるため、一般には分かりにくい高度なテクノロジを主軸とした企業も売却の対象となり、専門性が育成されてきた背景ともなっている。

 これに対し、東証マザーズなど市場の振興策とともに拡大してきた我が国のベンチャー投資はIPOが売却機会の主流である。IPOでは、一般投資家に分かりやすい、また夢を与えることが成功する必要条件だ。好況期には、業績や本質的な価値とかけ離れた価格形成がなされるが、投資自体が市況に左右され、専門性の高い企業への投資は見合った付加価値を生みにくい。

 今回の危機で過度にIPOに依存した日本のITベンチャー投資は、短期的には米国以上の落ち込みを経験せざるを得ないだろう。しかし、悪いことばかりではないだろう。金融危機は本質的価値を持つ企業を買収するには絶好の機会なのだから。この苦境は日本のベンチャー投資環境がM&Aによる安定的な企業売却を組み合わせたモデルに進化する好機となるかもしれない。

(日本ソフトウェア投資 代表取締役社長 酒井裕司)

[著者略歴]

「大学在学中よりCADアプリケーションを作成し、ロータス株式会社にて 1-2-3/Windows、ノーツなどの国際開発マネージメントを担当。その後、ベンチャー投資分野に転身し、JAFCO、イグナイトジャパンジェネラルパートナーとして国内、米国での投資活動に従事。現在は日本ソフトウェア投資代表取締役社長



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