PaaSをうまく活用し、生き残るベンチャー[Analysis]

» 2009年04月27日 00時00分 公開
[大津心,@IT]

 最近クラウドコンピューティングやSaaS、PaaSというキーワードが現実味を帯びてきている。クラウドやSaaSについては、こちらこちらを参照してほしい。数年前から注目されているキーワードだが、今年に入り、日本でもかなり具体的な事例や成功例が出てきている。今回は、SaaSをうまく活用することでSaaS上で業務システムを構築しただけでなく、業務改善まで成功した事例を紹介したい。

 中小企業にとってのSaaSやPaaSの魅力は、何といっても「初期コストを削減できる点」と「企業規模に関係なく、既存のサービスメリットを享受できる点」だろう。大企業が構築したシステムと同等のものを、数名規模の会社でも利用できる。しかも、課金はユーザー数に比例するケースが多いので、利用料も数名分で済む。また、月額課金の場合が多いので、駄目だったら利用を止めればよい点も魅力だ。自社開発システムであれば、初期投資が多いだけに“止めたいのに止められない”ケースも多いからだ。

 昨今の経済情勢もあり、ITシステムへの投資リスクを恐れる中小企業には、SaaSはうまく使えば救世主となり得るものだ。今回は、まさにこういったSaaSのメリットを享受しているケースとして、マーキュリープロジェクトオフィスの事例を紹介する。

 同社は社員12名のWeb制作会社で、主にWebサイト制作やカタログ制作などを中心に行っている。営業は同社社長の赤堀哲也氏が主に1人で行い、ほかにはWebデザイナーなどで構成されている。同社では、従来より「商談・案件管理が不正確」「保守案件の管理漏れにより赤字発生」「制作会社にありがちなどんぶり勘定」といった問題を抱えていた。赤堀氏は「この問題を解決するために、管理会計とBPMを導入したかった。そして、SugarCRMやSAP、WebAutomaticなども検討したが、コスト面から考えて、salesforce.comとforce.comの組み合わせにした」と導入背景を説明する。

 具体的には、force.comでカスタマイズを実施。「外注費管理」「社内リソース管理」「請求入金管理」「経費精算」などの8種類の管理機能を実装し、さらにドメイン管理やGoogle Appsとの連携、管理機能と連動したオリジナルデザインの見積書まで出力可能にしたという。この管理機能を導入した結果、600万円の請求漏れが見つかったほか、ユーザー要件を入力していくだけで自動的に見積書ができあがるため、請求項目漏れなども防げるようになったという。

 さらに、同氏は社員モチベーション向上のために、「マーキュリーの操縦席」というダッシュボード機能を搭載。ある一定の予算を達成した場合には社員全員に100万円のボーナスを支給する制度を導入。「そのためには後いくらの売り上げが必要か?」「成約前進行中案件はどの程度あるか?」「現在進行中案件の未請求金額合計」など、ボーナスに関係する数値をダッシュボード機能でグラフィカルに表示したという。これにより、社員の数字に対する意識が高まり、見積書作成時に自ら進んでラフを描いて添付したりするようになったという。

 赤堀氏は、「やはり、社員も社長と同じダッシュボードを見ることで、経営へ参加する意識が高まった。『後200万円を売り上げたらボーナスが出るから、見積書をリッチにしよう』という発想はいままでなかったものだ。これらの機能を実装するためのカスタマイズを、帰宅後に1日2時間程度の作業を30日間し続けることで実現できた点は大きい。非常に費用対効果が高かった。これを促進して、将来的には在宅勤務を実現したい」と抱負を語っている。

 今回紹介したケースはかなりの成功事例であり、すべてこのようにうまくいくとは思えないが、やはり「自分でカスタマイズしただけでこれらの機能を実現した」点は大きい。マーキュリープロジェクトオフィスは、自社向けシステム構築を、社長の60時間程度の工数だけで実現したことになる。赤堀氏は、社員に利用させるためにボーナスという動機付けを利用したが、そのほか「登録プロジェクト数」や「ログイン回数」なども利用状況の指標として定期的にチェックし、利用頻度の少ない従業員に対して、説明するなどの普及活動も行っていたという。このように、「構築後のシステムをいかに使わせるか」という施策も非常に重要なポイントだろう。

 今回のケースでは、社長の赤堀氏にカスタマイズする知識があったことや、従業員数が少ないため利用させやすかった、という背景がある。もし、100人規模の会社であったら、同じように全員に利用させるのは難しかったかもしれない。しかし、わずかな初期投資でこれだけの効果を挙げることができたのは、SaaSやPaaSのおかげだろう。例えば、salesforce.comでは、SIerなどが開発したアプリケーションや機能を買うことで、自社のsalesforce.comに機能追加できるAppExchangeなども用意している。こういった機能を使えば、カスタマイズする知識や技術力のない者でもさまざまな機能を追加可能だ。

 最近は毎日のように、さまざまなベンダがSaaSやPaaSの新サービスを発表しており、選択肢はだいぶ多くなってきた。厳しい経済情勢の中、中小・中堅企業が生き残るためには、既存のクライアント/サーバシステムを生かしつつ、このようなSaaSやPaaSを融合させ、うまくITを活用しつつ、コスト削減することが必須になってくるだろう。

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