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» 2014年09月30日 18時00分 公開

なぜ、うつ病は増えたのか (3/3)

[鈴木麻紀,@IT]
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新薬の登場

 患者数と同時期に増えたものが2つあります。1つ目は「精神科・心療内科の開業数」、2つ目は「抗うつ薬の売り上げ」です。

 下のグラフは、1996年から2008年までの間の「精神科」「心療内科」「メンタルクリニック」などの医療施設の施設数です。

精神科・心療内科を標ぼうする医療施設数〜厚生労働省「平成21年地域保健医療基礎統計」第22表 精神科・心療内科を標ぼうする医療施設数(重複計上)の年次推移,一般病院-一般診療所・都道府県別のデータを基に作成

 12年間で精神科が1.6倍、心療内科が5.6倍に増えたこと、特に一般診療所が増えたことが分かります。

 2つ目の抗うつ薬の売り上げについては、下記のグラフを見ていただきましょう。これは、シーマ・サイエンスジャーナル社の「ai Report2011」に掲載されている、同社が各製薬会社の決算報告などから割り出した数字を基に作成したグラフです。富士経済社の医療品医薬品データブックでも、だいたい同じような数字が出ています。

 ポイントは1999年です。この年から市場規模は順調(?)に拡大し、2010年には1998年の7.6倍にまで増えています。

 1999年は「SSRI(Selective Serotonin Reuptake Inhibitors 選択的セロトニン再取り込み阻害薬)」という抗うつ薬が日本に導入された年でもあります。

SSRI作用のしくみ〜「utsu.jp」抗うつ薬より

 左の図は、現在日本で一番売り上げ高の多いSSRI「パキシル」を販売するグラクソ・スミスクライン社が運営する、うつ病と不安の病気の情報サイト「utsu.jp」に掲載されているSSRIの仕組みを図にしたものです。

 SSRIは、セロトニンやノルアドレナリンといった脳内の神経伝達物質が神経細胞に再び取り込まれるのを阻害して、神経伝達物質の量を正常に近い状態に戻す作用があります。

 1998年まで主流だった三環系抗うつ薬の副作用を少なくし、より選択的に作用することを目的として開発された薬で、当初、保険診療の枠内で処方するには「うつ病」または「うつ状態」の診断が必要でした(その後、「パニック障害」と「社交不安障害」も追加)。

 ちなみに、ファイザー製薬の三環系抗うつ薬「アモキサン」は、1日当たりの使用量25〜75mg、費用は17.3〜51.8円パキシルの1日当たり使用料は20〜40mg、費用は201〜402円です(2014年9月現在)。

 SSRIは1982年に登場し、1988年に米国で、1990年代に欧州で販売開始、日本には1999年に導入されました。副作用が少なく、内科医など精神科医以外でも処方できるなどの特徴があります。

 日本ではSSRI販売開始直後から、「うつは心の風邪」「早期治療が有効」などのメッセージを打ち出したテレビCMや無料冊子の配布、診断サイトの開設など、製薬会社による大々的な「うつ病」の啓発活動が行われました。このことにより、うつ病や精神科に行くことの抵抗感が弱まり、今まで調子が悪くても病院に行くことをためらっていた人々が精神科の門戸をたたくようになり、その受け皿として精神科の開業も増えたのではないでしょうか。

 精神科医 冨高辰一郎氏の「なぜうつ病の人が増えたのか」によると、日本のうつ病患者数は、SSRI導入後5〜6年で2倍に増えており、SSRI先進国である英国やスウェーデン、オーストラリア、米国、カナダなどでも同じ増加率をたどっているそうです。

 米国では、1988年にイーライリリー社の「プロザック」というSSRIが発売されました。イーライリリーはテレビやラジオ、雑誌を通じた大掛かりなうつ病の啓発やプロモーション活動を発売と同時に行いました。

 当時、米国でプロザックを処方されていたElizabeth Wurtzel氏の「Prozac Nation」の「エピローグ」と「ペーパーバック版によせて」によると、米国では当時、胃の調子が悪いときに胃薬を飲むように、気持ちが落ち込んだらプロザックを飲む人が多かったそうです(※)。2001年の情報ですが「世界で4000万人がプロザックを服用し、うち2200万人が米国人」だったそうです。

※ 現在は状況が変わって、米国精神医学会の治療方針では、軽症うつ病に対して最初から抗うつ薬を積極的には勧めないことになったそうです。

私はうつ病だったのか

 数字から読み取れるのは、日本は1999年を境に「うつ病患者数」と「精神科・診療内科の施設数」、そして「抗うつ薬の売り上げ」が飛躍的に増えたということです。

 私は医療関係者ではありませんので、ここからは推測になりますが、増えたうつ病患者の中には、投薬をはじめとした治療が必要な重篤な症状の方もいるでしょうし、病の認知度が高まったことで治療を受ける決心がつき、助かった方も数多くいるでしょう。それと同時に、うつ病の対象範囲が広がったことで、軽症の方や未病の方も含まれるようになったのではないでしょうか。

 イーサン・ウォッターズの「クレイジー・ライク・アメリカ」によると、欧米では重症のうつ病患者には投薬治療の効果があるが、軽症の場合には大きな効果が見られないという実験結果を元にした論文が相次いで発表されています。効果が出ないだけならばよいのですが、薬には副作用もありますので、英国では近年、軽症の患者にはエクササイズや自己療養、認知行動療法など投薬以外の方法を勧めているそうです(「なぜうつ病の人が増えたのか」より)。

 もちろん、調子が悪いときに病院に相談し、医師の診断に従うのは大切なことです。しかし自分の行動や考えをある程度コントロールできる状態にあるならば、それだけではなく、不調に至った原因の改善や、生活のリズムを作るなど、自分でできることも同時に行っていくことも大切なのではないでしょうか。



 冒頭の話に戻りましょう。私はあのころ、うつ病だったのでしょうか?

 「たぶん」の話にはなりますが、もし精神科を受診していたら、何らかの症状名が付き、薬が処方されていた可能性が高いのではないかと思います。私が望めば、診断書も出たかもしれません。それを基に休職を希望することもできたかもしれません。

 しかし私は、それをしませんでした。自分は「うつ病」ではなく、「ゆう“うつ”な気分」にあると思ったからです。私の場合は、「ゆううつになる原因・きっかけがあり」「終業後や休日は楽しく過ごして」いましたし、「真面目な性格」でもありません。

 そして信頼できる人の言葉をキッカケに、私は自然に立ち直りました。

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