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» 2019年11月29日 05時00分 公開

自らの業の役割を何と心得るか!:プライバシーフリーク、就活サイト「内定辞退予測」で揺れる“個人スコア社会”到来の法的問題に斬り込む!――プライバシーフリーク・カフェ(PFC)前編 #イベントレポート #完全版 (5/5)

[鈴木正朝, 高木浩光, 板倉陽一郎, 山本一郎,@IT]
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職業安定法がいう個人情報の保護とは

山本 厚労省の指導が公表されていないとのことですが、通達が出たようですね。

高木 厚労省が業界団体(公益社団法人全国求人情報協会、一般社団法人人材サービス産業協議会)向けの通達を公表しましたので、見てみましょう。

 「人材サービス事業は、その名称の通り、人材を取り扱うビジネスであり、人材を大切に扱うことは当然の責務であります」と、そもそもの事業の名称にまで立ち戻れというところから指摘され、「仮に同意があったとしても同意を余儀なくされた状態で」「他社を含めた就職活動や情報収集、関心の持ち方などに関する状況を、本人があずかり知らない形で合否決定前に募集企業に提供することは、募集企業に対する学生などの立場を弱め、不安を引き起こし、就職活動を委縮させるなど、学生などの就職活動に不利に働くおそれが高いものと言わざるを得ません」と指摘しています。そして、「あらかじめ明示的に設定された客観的な条件に基づくことなく、募集情報など提供事業者の判断により、選別又は加工を行うことは認められない」と断じています。

 この「選別又は加工」とは、「収集した個人情報の内容および提供先」のことだそうです。いまひとつ何を指しているのかはっきりしませんが、職業安定法の指針に引っ掛かったようです。通達は最終的に、「本人同意があったとしても直ちに解消する問題ではなく、職業安定法第51条第2項に違反する恐れもある」として、「このような事業を行わないようにすること」としています。しかもここで、「募集情報など提供事業や職業紹介事業などの本旨に立ち返り」とまで指摘しているのです。

山本 法律が求める精神的なところはすごくよく分かるんですよ。厚労省が「適切に労働者の情報を取り扱ったかちゃんと検証しながら事業を進めてね」と言いたい気持ちは分かるんですが、条文を見ると、どうしても広く意味が取れるようにも書かれています。

 非常に恣意(しい)的な運用をせんがためにぼかして書いているのか、もしくは広く問題視をするためにあえてどういう風にも読めるように書いているのか、ある意味、運用のところで個別対応するためにこういう書き方をしているように感じられるところもあるのですが。

高木 2年ほど前でしたか、労働法での個人データの扱いがどうなっているかを鈴木先生、板倉先生と調べたことがありまして。職安法の個人情報に関わる規定を確認してみると、「安全管理しなさい」としか読めなくて、「データで人を差別的に扱うことの禁止が何も書いていないですね」という話になって、ILO(国際労働機関)の条約と比べながら「全然違うね」と話したことを思い出しました。

 条文では安全管理の話にしか見えないのに、今回こうやってギリギリ指針を引っ掛けてきて、ここまでいっているのだな、と。それだけ今回の事案が、個人情報保護とはそもそも何の目的だったのかを皆さん思い知らされたというか、思い出したのだなと感じました。

板倉 もともと5条の4は「職業紹介事業者、求人者、労働者の募集を行う者、募集受託者、募集情報など提供事業を行う者、労働者供給事業者、労働者供給を受けようとする者などが均等待遇、労働条件などの明示、求職者などの個人情報の取扱い、職業紹介事業者の責務、募集内容の的確な表示、労働者の募集を行う者などの責務、労働者供給事業者の責務などに関して適切に対処するための指針」(平成11年労働省告示第141号)という長い名前の指針があって、割と細かいことが書いてあるんです。

 条文上は、高木さんが言ったように「個人情報をちゃんと取り扱いましょう」という趣旨のことしか書いていないのです。これが(平成27年改正で個人情報保護法の監督機関が)個人情報保護委員会になる前でしたら、「雇用管理分野における個人情報保護に関するガイドライン」(平成16年厚生労働省告示第259号)がありましたので、雇用関係の個人情報の取り扱いは、事業者としては取りあえずこれを参考にすればいいのかなというのがありました。

 ところが監督機関を個人情報保護委員会に一本化したときに、雇用管理分野ガイドラインは廃止されて、今の通則編以下4本の一般ガイドラインに吸収されてしまいました。結局、「個人情報保護法のガイドライン」と「職業安定法の指針」はバラバラで、両方が併存している状態です。

 適用法令が複数あれば両方守らなければいけないのは基本ではありますが、厚労省からは積極的に5条の4とか、51条2項について、たくさんのガイドラインが出ている状況ではないので、ここで一気に負担が来たなというところです。

鈴木 そもそも論として、「自分たちの業の本来の社会的役割は何かを思い出せ、基本に立ち返れ」といわれているわけでしょう? インハウス情報を本人の就職や再就職のために使うべきところを、本人の権利利益をないがしろにして己の利益のためだけに野放図に使っていたことが今回明らかになったわけですよ。「一体、自らの業の役割を何と心得るか」と真正面から叱責(しっせき)されているわけじゃないですか。

 一方、本来的に個人情報保護法で抑えておくべき法目的を、私たちは制定法の解釈の中で見失ったまま、法改正で明確化することを放置してきたのかもしれない。現に忘れていた立法事実に相当する事件が今回起きてしまった。個人情報保護法が持っているべき本丸について、中核的な義務条項について、そのど真ん中の議論をしていきましょうかという話の素材が提供されたということなんだろうと思います。

 リクナビ事件は、リクルートキャリア1社の問題なのか。プライバシーフリークの討論はまだまだ続きます。中編(2019年12月2日公開)をお楽しみに。

プライバシーフリーク メンバー

鈴木正朝(すずきまさとも)

新潟大学大学院現代社会文化研究科・法学部 教授(情報法)、一般財団法人情報法制研究所理事長、理化学研究所革新知能統合研究センター情報法制チームリーダー

1962年生まれ。修士(法学):中央大学、博士(情報学):情報セキュリティ大学院大学。情報法制学会運営委員・編集委員、法とコンピュータ学会理事、内閣官房パーソナルデータに関する検討会、同政府情報システム刷新会議、経済産業省個人情報保護法ガイドライン作成委員会、厚生労働省社会保障SWG、同ゲノム情報を用いた医療等の実用化推進TF、国土交通省One ID導入に向けた個人データの取扱検討会等の構成員を務める。

個人HP:情報法研究室 Twitter:@suzukimasatomo

高木浩光(たかぎひろみつ)

国立研究開発法人産業技術総合研究所 サイバーフィジカルセキュリティ研究センター 主任研究員、一般財団法人情報法制研究所理事。1967年生まれ。1994年名古屋工業大学大学院工学研究科博士後期課程修了、博士(工学)。

通商産業省工業技術院電子技術総合研究所を経て、2001年より産業技術総合研究所。2013年7月より内閣官房情報セキュリティセンター(NISC:現 内閣サイバーセキュリティセンター)兼任。コンピュータセキュリティに関する研究に従事する傍ら、関連する法規に研究対象を広げ、近年は、個人情報保護法の制定過程について情報公開制度を活用して分析し、今後の日本のデータ保護法制の在り方を提言している。近著(共著)に『GPS捜査とプライバシー保護』(現代人文社、2018年)など。

山本一郎(やまもといちろう)

一般財団法人情報法制研究所事務局次長、上席研究員

1973年東京生まれ、1996年、慶應義塾大学法学部政治学科卒。2000年、IT技術関連のコンサルティングや知的財産管理、コンテンツの企画、製作を行う「イレギュラーズアンドパートナーズ」を設立。ベンチャービジネスの設立や技術系企業の財務。資金調達など技術動向と金融市場に精通。著書に『ネットビジネスの終わり』『投資情報のカラクリ』など多数。

板倉陽一郎(いたくらよういちろう)

ひかり総合法律事務所弁護士、理化学研究所革新知能統合研究センター社会における人工知能研究グループ客員主管研究員、国立情報学研究所客員教授、一般財団法人情報法制研究所参与

1978年千葉市生まれ。2002年慶應義塾大学総合政策学部卒、2004年京都大学大学院情報学研究科社会情報学専攻修士課程修了、2007年慶應義塾大学法務研究科(法科大学院)修了。2008年弁護士(ひかり総合法律事務所)。2016年4月よりパートナー弁護士。2010年4月より2012年12月まで消費者庁に出向(消費者制度課個人情報保護推進室(現 個人情報保護委員会事務局)政策企画専門官)。2017年4月より理化学研究所客員主管研究員、2018年5月より国立情報学研究所客員教授。主な取扱分野はデータ保護法、IT関連法、知的財産権法など。近共著に本文中でも紹介された『HRテクノロジーで人事が変わる』(労務行政、2018年)の他、『データ戦略と法律』(日経BP、2018年)、『個人情報保護法のしくみ』(商事法務、2017年)など多数。

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