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» 2020年04月20日 05時00分 公開

教えて! キラキラお兄さん:やりがいって何ですか? (3/3)

[竹内充彦, 鈴木麻紀,@IT]
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期待に応えられなかった

 退職後は、旅行プランを立てるiOSアプリの開発を目指した。

 「アプリを足掛かりに訪日外国人向けの旅行代理店業を展開する、という将来計画もありました」

 「誰のための開発か?」が明確だったことが、染谷さんの開発意欲に火を付けた。とはいえ、旅行業界の知識も起業のイロハも知らなかった。そんな染谷さんを助けてくれたのは、神奈川県や横浜市の地域産業振興や観光の各窓口、そして地場の観光業者や起業支援を行うさまざまな団体、企業だった。

 地域にとっても観光振興、産業振興の新たなプレイヤーが誕生するのは歓迎すべきことだったのだろう。行く先々で、とても温かく迎え入れてくれたそうだ。

 苦しい時期に地元の方々が助けてくれた――そのときの感激は、今なお染谷さんの心に深く刻まれている。

 iOSアプリ開発を行う一方で、現金収入を得るためにフリーランスでも働いた。システム開発会社のプロジェクトマネジャーとして、ベトナムでのオフショア開発を任されたという。ここでは楽天時代の経験が大いに役立った。

 プロジェクトの規模が順調に拡大し、メンバーが当初の倍以上に増えたころ、「現地法人を丸ごと任せたい」という打診ももらった。

 しかし、そうなるとベトナムに常駐しなければならなくなる。横浜をこよなく愛する染谷さんにとって、場所は仕事内容と同じぐらい大切な要素だった。起業のこともあり、横浜は離れられない。キャリア的にも「今までの経験をすり減らして換金している」感が否めなかった。最近チャレンジしていない自分に、忸怩(じくじ)たる思いを感じていた。できることとやりたいことを考えたとき、オフショアプロジェクトの責任者という選択肢はなかった。

 多くの方に支援してもらい、アプリ開発と旅行代理店の起業計画は順調に進んだ。だが、あと一歩というところで資金がショートし、計画が宙に浮いてしまった。

 「お世話になった……あのときお世話になった皆さんの期待に沿えなくて……、でも、別のカタチで……何とか横浜に貢献していきたいと思って……」

お世話になった人たちの顔を一人一人思い出して、泣きだしてしまった染谷さん

横浜に恩返しをしたい

 全てをいったんリセットした染谷さんは、製造業SaaS「アペルザ」に入社した。

 キーエンス出身の石原誠氏が神奈川県横浜市で起業したアペルザは、製造業のデータ営業を支援する「アペルザクラウド」、毎月30万人もの製造業エンジニアが利用するカタログポータルサイト「アペルザカタログ」、生産財に特化したeコマース「アペルザeコマース」など、製造業に専門特化したさまざまなインターネットサービスを提供している会社だ。

 転職には偶然の要素も大きい。楽天時代に中国に出張した際、アペルザのある社員と旅程が重なったのだという。そのときは互いに面識を得たという程度だったが、その後、iPhoneアプリがリリースできず困り果てているときに、偶然、その人物と横浜で再開。「そういうことなら」と、同社に誘ってもらったのだった。

 染谷さんはアペルザのオフィスを訪問したときに窓外に広がる横浜の風景を見て、「ここにしよう」と思ったそうだ。景色ドリブンで転職を決めたといっても間違いではない。

染谷さんの心をいやした、アペルザのオフィスから見える横浜の景観

 きっかけは景色だったかもしれない。だが、アペルザの営む事業は、染谷さんが希望していた「ユーザーの顔が見える」「横浜に恩返しできる」仕事でもあった。

 横浜は開国の地であると同時にイノベーションの街でもあり、現在もさまざまな分野の完成品メーカーや生産財メーカーが多数ある。「アペルザeコマース」は、製造業向けの「楽天市場」ともいうべきプラットフォームだ。これまでの経験で得たノウハウを生かし、物づくりに携わる企業を応援できることが染谷さんのモチベーションになったことは、言うまでもない。

 入社から2019年3月まで、プロダクトマネジャーとして活躍。その後、メディア事業部開発チーム、事業企画などを経て、2019年11月からはエンジニアリングマネジャーも兼務するようになった。

 一時はやりがいを見失った染谷さんだが、現在はそうした心配はないのだろうか。

 「正直に言うと、最初は消極的でした。でも、エンジニアリングマネジャーになって、目標ができました」

 自身がエンジニアとして活躍するだけでなく、そのための組織や人を育てていくことも、長い目で見た地域への恩返しになると感じ始めたようだ。

 「40代になったら組織のマネジメント、50代になったら人事もやってみたいな、と考えています」

 目標ができたら、プロダクトマネジャーとしての仕事にも本腰が入った。横浜に拠点を置くアペルザが社会にとって欠かせない存在になることで、横浜という街の発展にも貢献できる、製造業の課題解決のために自らの技術を使う――これはまさに、染谷さんの望んでいた「横浜への恩返し」に他ならないと腹落ちしたからだ。

 横浜の人たちへの感謝を涙と共に熱く語ってくれた染谷さんの真心のこもった恩返しは、今後もさまざまなカタチで地域に還元されていくだろう。

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