
あなたの知らないメインフレームLinuxの世界
第1回 メインフレームでLinuxが動くまで
レガシーなイメージを持たれることが多いメインフレームと、オープンで無償で利用できるLinux。対極に位置するかのようなこの2つのテクノロジだが、実は絶妙な組み合わせなのだ(編集局)
日本アイ・ビー・エム株式会社
システムズ&テクノロジー・エバンジェリスト
北沢 強
2008/5/26
メインフレームは、世界中ほとんどの大企業や団体の基幹システムとして稼働しています。しかし、実際にそのメインフレームに触れたり目にしたりしたことがある人は、かなり少ないのではないでしょうか。
銀行のATMや振り込みにしても、飛行機や新幹線の座席予約にしても、その裏で処理しているシステムの多くはメインフレームであり、われわれには見えないところで正確かつ迅速に大量の作業をこなしながら、生活や社会全体を支えてくれています。世界中の主要データの7割以上はメインフレーム上にあるともいわれており、大企業の9割ではメインフレームがITインフラの心臓部として稼働しています。
このようなメインフレームの上で、Linuxが動くようになって、早8年が経過しました。実は、世界中で稼働しているメインフレームの約3割ですでにLinuxが動いており、IBMのメインフレーム関連ビジネスの2割以上を占めるようになっています。縮小傾向にあったメインフレームビジネスの規模は、2000年を境にして拡大方向にあり、いまや最も注目されるプラットフォームの一つになりました。
これからの連載で、メインフレームLinuxの全容について解説していきます。メインフレーム上で動作するLinuxそのものを紹介するというよりも、メインフレームをご存じない方が、Linuxを通してメインフレームがどんなものなのかを知ってもらうため、ビジネスの側面からではなく、歴史的背景や技術的側面を中心に解説していきます。
メインフレームLinuxとは何か
この記事では、メインフレーム上で動くLinuxを「メインフレームLinux」と呼びます。メインフレームとLinuxについてはそれぞれ後で解説しますが、一言でいえば、PC上で動くLinuxと同じものが、メインフレーム上で動くことを指します。
「PC向けのものと同じLinuxがメインフレームで動いて、いったい何がうれしいの?」という素朴な疑問を持たれる方も多いのですが、その疑問を、この記事で解消していきたいと思います。
■メインフレームにとってのLinuxとは
Linuxについては、知らないという人の方が少ないでしょう。@ITのほかの記事でも解説されていますので、ここでは「メインフレームにとってLinuxとは何か」という観点で説明します。
まず、Linuxは特定のベンダが開発し、販売している製品ではありません。コミュニティの中でボランティア的に開発が進められ、ソースコードのみならずすべての情報が公開されており、誰でも簡単に入手できます。世界中の数千人規模の開発者がかかわり、さまざまな新しい取り組みも同時並行的に進んでいます。
Linuxは、Windowsと同じOS(Operating System)の一種ですが、Linuxをメインフレーム上で動かすということは、そのOSそのものに価値があるというよりは、Linuxを取り巻くカルチャーの方に重要性があります。Linuxにかかわり、集う人たちの思想・精神、方向性、期待・将来性など、カルチャーが潜在的に持っている価値が、重要な意味を持ちます。
人には寿命があるように、会社にも寿命がありますし、システムにも寿命があります。同じ状態のままでは時間とともに老化して衰退していきますので、何らかの新陳代謝が必要です。メインフレームが40年以上も長生きなのは、新陳代謝を続けてきているからであり、Linuxカルチャーの取り込みも、その一環なのです。
Linuxの最大の特徴はオープンソースであることですが、実はメインフレームも、1980年代まではオープンソースだったのです。メインフレームを買うと、ハードウェアとともにOSも出荷されましたが、そのOS のソースコードも入手できました。
OS本来の役割は、その名のとおり、ハードウェアをいかに操作しやすくし、効率的に使うかというところにあります。当時の技術の高いユーザーにとっては、OSのソースコードを改変してチューニングやカスタマイズを行うことが当たり前でした。また、そのようなノウハウや改変したプログラムは、メインフレームのユーザーコミュニティであるSHARE(日本では日本ガイドシェア)などで情報共有されました。
多くの年配のメインフレーム技術者が感じていることですが、メインフレームのカルチャーはLinuxのカルチャーと共通点が多いといわれています。それは、オープンソースを基にしたコミュニティから発展しているためではないかと考えています。
| ■コラム メインフレーム上のUNIX |
LinuxはUNIXライクなOSだといわれますが、メインフレームで動くUNIXはLinux以前より存在しており、Linuxが初めてではありません。 IBMのUNIXであるAIXについて見ると、メインフレーム版として1990年にAIX/370がリリースされました。また1993年にはMVS OpenEditionが発表され、それがz/OS Unix Systems Servicesとなって現在に至っています。 しかしながら、それらはメインフレームの閉じた世界でのUNIX互換機能であって、従来のメインフレームのカルチャーの中に、UNIX機能だけが取り込まれたというものでした。このため、結果としてUNIXのユーザーや開発者を取り込むまでには至りませんでした。UNIX用のアプリケーションをメインフレームに移植しやすくする、というのが目的だったためだと思います。 そのため、APIのレベルでは互換性が高いのですが、実装面での非互換部分が存在し、それが移植時においては障害となるケースが多かったようです。例えば、数年前までz/OS Unix Systems Servicesでは、UNIX互換とはいえ、対応する文字コードがEBCDICのみでしたので、移植時のソースコード修正が大変だという例がありました。シェルについても、UNIXで普及しているツールがほとんど使えないという課題がありました(注1)。 注1:現在のz/OS UNIX Systems Servicesは、ASCIIおよびUnicodeのロケールをサポートしており、文字コードによって移植性が低下する問題は解決しています |
そもそもメインフレームとは
メインフレームは、企業や団体の基幹業務などで利用されている大型コンピュータのことで、英語名がカタカナ表記された言葉です。1964年にIBMから発売されたSystem/360が最初のメインフレームであり、その流れでIBMおよびIBM互換機あるいは競合機を総称してメインフレームと呼んでいます(写真1)。
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| 写真1 System/360(1964年)、出典:http://www-06.ibm.com/jp/event/museum/rekishi/cpu1964a.html |
メインフレームの歴史や実装技術における発展については、別途この連載で解説していく予定ですが、44年もの長い歴史がありながら、44年前にS/360上で開発されたアプリケーションが、現在の最新マシンであるSystem z10の上でもそのまま稼働できます(写真2)。常に完全上位互換を保ちながら、品質改善と機能拡張を継続してきたところが最大の特徴です。
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| System z10(2008年) |
これは「顧客の投資の保護」を最優先とする設計思想を持っているためです。システムを調達し、要員を教育してスキルを育成し、膨大な要員を投入してアプリケーションを開発し、長期にわたる運用でデータも蓄積されますが、そこには膨大な投資がなされているのです。過去の資産を継承することにより、投資したものを無駄にしないという考え方を貫いているのがメインフレームです。
44年もの間世界中の企業で使われ続け、常に顧客からのトラブル情報や改善要望などを聞いて改良に改良を重ねてきているため、いつの間にか究極の品質と信頼性、そしてセキュリティとパフォーマンスを持つようになりました(注2)。
注2:国産メインフレームベンダは、1990年代後半にメインフレームからほかのプラットフォームに投資をシフトした模様ですが、IBMは現在もメインフレームに積極投資して、顧客の要請に応える新機能を盛り込んでいます
「メインフレームはレガシーで古臭い」というイメージを持たれる方が多いのですが、IBMのメインフレームは毎年1000億円規模の開発投資を続けてきており、常に最先端技術を投入してIT業界のテクノロジー・リーダシップを保つ努力をしています。最先端技術を最初にメインフレームで実装して、それをUNIXやPCの世界に横展開していくというステップを踏んでいます。
| ■コラム 「メインフレーム」と聞けば何を連想しますか? |
この記事を書き始めて最初に悩まされたのが、「メインフレーム」という言葉です。この言葉が与える印象というのは、人によってさまざまであることが分かりました。 メインフレームにかかわった団塊世代の人に聞くと「それは自分たちが作ってきたITの中心なのだ」といいました。団塊ジュニア世代に聞くと「古くて消えゆくものだ」といい、「しっかり動き続けているけど気軽には触れないものだ」といいました。20代前半の人に聞くと、「見たことも触ったこともないから何なのかわからない」と言いました。 また、ある会社のIT企画のAさんは、「メインフレームは古くて高いから、これからはオープンだ」と言いました。同じ会社の運用担当のBさんは、「メインフレームでWindowsが動いたらいいね」と言いました。別な会社の開発担当のCさんは、「国産メインフレームではJavaは使えないんだね」といいました。 おそらく、メインフレームをハードウェアとしてとらえるかシステムとしてとらえるか、あるいは運用や開発を含むビジネスの側面からとらえるか、どこのメーカーのどの製品を想定するかによって、メインフレームという言葉のとらえ方が大きく違っていることが分かりました。 メインフレームの類似語としては、「ホスト・コンピュータ」あるいは略して「ホスト」、それから「汎用機」「汎用コンピュータ」「大型機」「大型コンピュータ」「レガシーシステム」などがあり、システム形態や歴史的背景などによってさまざまな呼び方をされています。 この記事では、英語圏で「Mainframe」と呼ばれるのが一般的であることや、国内でもカタカナ英語として定着していることから、メインフレームという言葉を使っています。米国人にも聞いてみましたが、Mainframeという言葉は、企業のITシステムの心臓部という意味合いが強いのではないかと言っていました。 メインフレーム(Mainframe)という名前の由来には諸説あるようですが、大型コンピュータのみの時代から、ミニコンやオフコンが急速に普及し、さまざまなコンピュータが混在していく中で、広いマシンルームの中心に設置される大きくて頑丈そうな箱(Frame)がメインコンピュータとして中心的役割を担うことから、そのような愛称で呼ばれるようになった、という説が有力のようです(出典:Wikipedia「メインフレーム」)。 |
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