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公認会計士・高田直芳 大不況に克つサバイバル経営戦略(11)

横浜銀行の救世主? “繰延税金資産”の罠

高田直芳
公認会計士
2011/2/10

経営分析を行なっていると袋小路に陥ってしまう原因の1つに「税効果会計」がある。実はその税効果会計により繰延税金資産を計上することで、増資を行なうよりも手軽な資本増強策になってしまう恐れがある。(ダイヤモンド・オンライン記事を転載、初出2009年7月3日)

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 「法人税等(2)」には、税効果会計特有の項目である「法人税等調整額」を含めている。〔図表2〕において背景を黄色にした箇所は、「税金等調整前当期純利益(1)」に占める「法人税等(2)」の割合を示す。これを「実際実効税率」という。企業が実際に負担する税率(実績値)である。

 〔図表2〕を見ると、両社とも実際実効税率が30%から40%の間にあることがわかる。

法定された実効税率の求め方

 実際実効税率にはこれを裏から糸で操る者がおり、その正体が「法定実効税率」である。計算式として広く知られているものが〔図表 3〕だ。

〔図表3〕法定実効税率の求め方


 〔図表3〕に法人税率30.0%、住民税率17.3%、事業税率9.6%を代入して、法定実効税率を求めると40.9%になる。

 資本金が1億円を超える企業の場合は、事業税率のところを外形標準課税7.2%に置き換えて計算する。これによると、法定実効税率は39.5%になる。

 ただし、地域によって法定実効税率は異なる。例えば東京の場合、外形標準課税で軽減税率不適用であれば40.7%になる。

 マスメディアなどでは時折「ニッポンの企業が負担する税率は約4割であり、海外に比べて高い。もっと引き下げるべきだ」という記事を見かける。その根拠となるのが〔図表3〕の式である。

法定税率40%を大幅に下回る横浜銀行と千葉銀行の実際税率

 〔図表2〕に示した実際実効税率は「実績値」であり、「法定値」である法定実効税率40%よりも低めである。これは、京セラやNTTが海外子会社を連結しており、外国の低い税率の影響を受けるためである。

 国内事業に専念している企業で「健全経営」であれば、実際実効税率は法定実効税率40%前後の値をとるのが通常だ。

 同様の方法で、横浜銀行と千葉銀行についても調べたのが〔図表4〕である。

〔図表4〕横浜銀行と千葉銀行の実際実効税率


 2008年3月期の実際実効税率は両銀行とも、法定実効税率40%前後の値を示している。ところが、2009年3月期の実際実効税率は、大幅に低下している。国内専業の地方銀行が、税率の低い海外に積極展開したとは解釈できないし、まさか軽減税率が適用されているわけでもない。

 これがパソコンの画面を前にして「う〜ん」と唸った一因である。

税効果会計とは、どういうものか

 問題提起を一通り行なったところで、税効果会計を簡単に説明しておこう。

 まず、「会計」には、債権者(銀行など)や投資家(株主など)に資することを目的とした「企業会計」がある。これは企業会計審議会と企業会計基準委員会が仕切っている。

 その一方で、法人税法などの税法を中心とした「税務会計」というものが存在する。

 両者(企業会計と税務会計)は仲があまりよいとはいえず、収益と費用それぞれの認識に時間差が生ずる。

 費用について述べるならば、企業会計は費用を前倒しで計上させて、利益を少なくさせる傾向がある。ところが税務会計は、費用の前倒しをそう簡単には認めない。こうしたズレを調整するのが、税効果会計だ。

認識に時間差が起きる理由

 例えば、ある年に取引先が経営破綻して、売掛金の回収が難しくなったとしよう。企業会計は、回収不能となった売掛金を「貸倒損失」という費用に振り替えて、できるだけ早く、しかも多めに計上するように求める。その結果、利益の計上は抑えられることになる。

 ところが税務会計では、売掛金の回収が難しくなったからといって、すぐに費用(税法では「損金」という)としては認めてくれない。回収の可能性がある限り、税務会計は費用の認識を拒絶するので、税務処理としては翌期以降にズレ込むことになる。

 このため、税務会計の利益(税法では「課税所得」という)は、企業会計の利益よりも多くなる。税金は、企業会計の利益ではなく、課税所得を基礎にして計算されるので、損益計算書に計上される税金は、総じて多めに計上されてしまうのだ。

 次に、翌期において取引先の破綻手続が終わり、売掛金の回収不能額が確定したとしよう。企業会計では、すでに前期で回収不能額を費用として認識してしまっているので、新たに費用が発生することはほとんどない。

 ところが税務会計では、回収不能額が確定した翌期になってようやく費用として認識されるので、税務会計の利益は、企業会計の利益よりも少なくなる。その結果、前の年とは逆に、損益計算書に計上される税金は少なく計上されることになる。

 こうした企業会計と税務会計の「時間のズレ」を埋めるために登場するのが、貸借対照表に計上される繰延税金資産(または繰延税金負債)だ。

税効果会計を使って、京セラ・NTTの業績を予想する

 税効果会計を使って、面白い経営分析を紹介しよう。開示されている貸借対照表や損益計算書の金額を使って、翌期の税引前当期純利益(連結なら税金等調整前当期純利益)や、(税引後の)当期純利益を推定計算できるのだ。

 計算式の説明をここで長々と展開するわけにいかないので、詳細は拙著『ほんとうにわかる株式投資』(PHP)145ページから148ページまでを参照していただきたい。〔図表5〕は、京セラとNTTの10年3月期について推算したものである。

〔図表5〕京セラとNTTの10年3月期純利益の推定値と公表値


 京セラの場合、筆者が計算した「税金等調整前当期純利益の推定値」は880億円になっている。それに対して京セラが決算短信で公表した来期の税引前当期純利益は570億円であり、その差は▲310億円ある。京セラは、2010年3月期でかなり控えめの業績予想を行なっているといえるだろう。

 NTTについて同様の計算を行なうと、「税金等調整前当期純利益の推定値」6662億円に対し、「決算短信での公表値」はなんと、1兆800億円にも達する。NTTの場合、「儲(もう)けすぎ批判」ではなく「もっと儲けすぎ批判」が起きても不思議ではない。

2009年3月期で惨敗した新日本石油が来期、強気である理由

 京セラやNTTとは別に、新日本石油のケースを紹介しよう。

 同社は2009年3月期において、税金等調整前当期純利益▲3656億円、また(税金等調整後の)当期純利益▲2516億円と惨敗したにもかかわらず、2010年3月期(通期)の当期純利益は800億円と強気の予想を立てている。原油価格の急落で2009年3月期に発生した在庫の評価損が、2010年3月期以降は大幅に減る、という判断が働いたためだろう。

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