公認会計士・高田直芳 大不況に克つサバイバル経営戦略(21)
デフレを食い物にする官業ビジネスの弊害
高田直芳
公認会計士
2011/10/28
物価を考える際、水は常に“最新製品の供給”であるから、需給法則が当てはまるはずだ。したがって、供給過多であれば価格は下がってもよさそうなものなのだが、水道料金はむしろ上昇し続けている。一体なぜなのか。(ダイヤモンド・オンライン記事を転載、初出2009年12月4日)
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筆者の手許に、情報公開請求によって入手した某地方公共団体の報告書がある。外部の有識者と呼ばれる人たちが、当該地方公共団体の運営する学校給食センターについて、次のような事項を勧告していた。
現状、食材の調達は学校給食センターごとに行なわれているため、調達価格に高低差がある。学校給食センターを統廃合すれば「規模の利益」が期待でき、食材の調達コストを低減する効果があると──。
こうしたことを外部からの「勧告」がなければ気づかぬ地方公共団体には困ったものだが、「規模の利益」を追求すればコストを下げられるはずだ、と主張する有識者の考えにも首を傾げざるを得ない。
この報告書を読んだその日(2009年10月26日付け)の日本経済新聞に、カインズホームの社長のコメントが掲載されていたのは、筆者にとって面白い符合といえた。以下で引用させていただこう。
「規模がないと低価格品ができないというのは言い訳だ。センスと知恵で、いい商品はできる」
そうはいっても、役人や有識者に、センスと知恵を求めるのは酷かもしれない。
株式会社化してもおかしくない!?
独立採算制の「水道事業」
筆者は、いわゆる「官業ビジネス」というものに精通していないので、役所のコスト構造については、よく知らない。それでいつも不思議に思うのが、水道事業である。
鳩山政権になってダム事業の中止ばかりが注目されているので、ここは視点を変えて、ダムの下流にある「水道ビジネスに係るコスト」の問題に注目してみよう。
日本では昔から「水と安全はタダ」といわれてきたせいか、水道事業がどのように行なわれているのかに関心を持つ人が少ない。
水道事業は原則として市町村単位で行なわれ、税金による補助はなく、独立採算制度が採用されているのをご存じだろうか。株式会社化しても不思議はない「官業ビジネス」なのである。2002年に水道法が改正されて、民間への業務委託が開放されたが、遅々として進んでいないようだ。
水道料金は、上水道と下水道で料金体系が異なっている。それぞれが基本料金(固定費部分に相当)と超過料金(変動費率に相当)から構成されている点では、全国共通の仕組みである。
ちなみに、筆者の住む栃木県小山市の上水道の料金体系は、固定費が1260円であり、変動費率が1立方メートルあたり@168円の設定になっている。読者も一度、ご自身の水道料金の領収書の裏を見て確かめていただきたい。
全国一律の料金体系なのだろうと思い込んでいると、これが大間違い。例えば横浜市の場合、基本料金(固定費)は1580円であり、超過料金(変動費率)は@43円から@320円までの6段階に分かれて設定されている。
厄介なのは、近年、水道料金を徐々に値上げする市町村が増えていることだ。横浜市の基本料金が高いのは、2001年に12%もの値上げをした影響が大きい。新しいダムの完成によって、横浜市が負担する取水料が増加したのが原因だ。
ダムが完成して固定費が増加したのだから、横浜市の水道料金が10%以上も値上がりするのはやむを得ない、と即断するのは短絡的である。もう1つの要因として、市民の節水努力によって水道料金が値上がりしている、という事情もあるからだ。
需要が減って値上がりする
水道ビジネスの不思議
水道料金が値上がりする原因を考える前に、「常識的な考えかた」を再確認しておきたい。
一般に、ある商品に対する需要が減少するならば、販売価格は低下していく。これを「需要と供給の法則 “law of supply and demand”」という(注)。
例えば、カインズの野菜ジュースが1パック158円であることを多くの消費者が知った場合、それまで180円で販売していた他の店では需要が急速に減少するので、160円前後まで値下げせざるを得ないはずである。
ファーストリテイリング系の「ジーユー」が1本990円のジーンズを販売したことをキッカケに、他の流通各社も(需要減少に伴う売れ残りに怯えたわけでもなかろうが)一斉に値下げに走っている。これも需給法則の理にかなっている。
自社の商品が売れなくなったからといって、値上げをする企業はいないだろう。売上を伸ばすために、企業は商品の質を上げるか、価格を下げるかの二者択一問題に直面する。
ただし、家電製品の中には稀に、世代交代から取り残された旧製品が最新製品よりも高い価格で販売されていることがあって、その価格設定に奇異な感覚を持つことがある。これは旧製品が「規模の利益」を十分に追求できなかった反動によるものなので注意して欲しい。
2009年の夏に家電量販店で掃除機を買おうとしたとき、一世代前のほうに高い値札が付けられていて、「なるほどぉ」と感心したことがある。
そこで、水道料金の問題だ。水は常に“最新製品の供給”であるから、需給法則が当てはまる。
市民が節水に努力するということは、水に対する需要が減少するということだ。それなのに、なぜ、水道料金は需給法則に反して値上がり傾向にあるのだろうか。
(注)『スティグリッツ/ミクロ経済学』(第3版)34頁参照。