アイデアと技術で素早く市場をつかむ

創業7年で本格離陸、「BUYMA」に賭けるエニグモ

2011/06/20

 ベンチャー企業のエニグモが提供するサービス「BUYMA」(バイマ)は、自分の国で売っていないものや輸入品として高価に販売されている商品を、個人個人のレベルで売買するためのプラットフォームだ。商品の写真をパッと撮ってサイトに掲載すれば、誰でもバイヤーとなれる。国境を超える、個人の力を活かせる、というWebの特性を引き出すサービスだ。

buyma.png 「BUYMA」(バイマ)は国境を超えて個人レベルでアイテムのバイヤーとなったり、購入ができるプラットフォーム

 2005年にサービスインした当初は鳴かず飛ばずだったが、ここに来て急速に利用者が増え、収益を伸ばしているという。BUYMAを軌道に乗せた転換とは何だったのか。そこに至る道のりはベンチャー企業としてどのようなものだったのか。エニグモの川嶋一矢氏(サービスエンジニアリング本部 部長)に、話を聞いた。

雑誌スキャンサービス「コルシカ」で話題に

 エニグモといえば、雑誌スキャンサービス「コルシカ」(Corseka)の一件を覚えている人も多いかもしれない。

 雑誌の誌面をスキャンし、専用ビューア向けにオンライン販売するサービスとしてコルシカが話題となったのは2009年暮れだった。10月7日に登場し、翌日には出版社や雑誌協会から抗議を受けた。「取り扱いを停止してほしいという出版社のコンテンツを全部はずしたら、3日で何もないサイトになりました」(川嶋氏)という。その後、日本雑誌協会との協議を進めたものの、開始からわずか半年足らずでコルシカはサービス終了となった。

corseka.jpg 雑誌の誌面をスキャンして販売するサービス「コルシカ」(現在、サービスは終了している)

 当時、コルシカを批判する声が強かった。業界からの反発や法的な懸念は自明だったのに、なぜ事前に根回しができなかったのか。

 コルシカの事業プロデューサとして立ち上げに尽力した川嶋氏は、法的リスクは承知の上だったという。

photo01.jpg エニグモ サービスエンジニアリング本部 部長 川嶋一矢氏

 「法律上の懸念はありましたので複数の法律事務所にリーガルチェックを依頼しました。それぞれの弁護士の見解は異なりましたが、やめておいたほうがいいというアドバイスをもらったところもあります。リスクは大きい、と」

 「ただ、そのリスクを取ることによって会社が潰れるのか、BUYMAや広告など既存ビジネスに大きな影響がでるのかというとそれはないだろうという結論に達したんです。もし訴えられたりしたら、裁判の結果に関わらず会社の信用が落ちますので訴訟リスクは取れません。コルシカのケースでは、反発があるとしても、いきなり訴えられることはないだろうという読みがありました」

 この言い分だけを聞くと、“タカをくくって”思い付きのサービスを拙速に出しただけのようにも思える。そもそも勝機はあったのか。

 「訴訟リスクがあるかないかというのは“やらない理由”の検証ですよね。一方、コルシカのようなサービスを“やる意義”があるかといえば、当然あるとわれわれは考えていましたし、既存のプレイヤーが誰も損をしない仕組みを考えたつもりです。この事業にはやる意義があるし、我々は間違ったことをしていないという確信がありました。事業開始前から慎重論はありましたが、信念を貫いて事業化するという判断をしました」

 「若者の活字離れは嘘だと思うんです。ネットでも良く読んでいるし、どこでも文字を読んでいる。じゃあなぜ紙の雑誌を読まないかといえば、それはかつてほどの価値がなくなっているからですよね。雑誌好き、本好きではない普通の人からすると何百円もかけて買う理由がなくなっている。雑誌の情報は信頼感もありコンテンツ自体は素晴らしいですが、モビリティがないことと、ストック型として情報を保存したり探したりできないことで、市場のニーズが落ちているのだと思います」

目指したのは雑誌のストック化+ポータブル化

 コルシカでは、自分たちが欲しいサービスを作ったという。

 「例えば最近のファッション誌は分厚くて重たいので持ち運びに適していません。その上、好きな記事があっても、後から調べられません。“あれは何だっけな?”と、肝心なときに情報が手元に出せないですよね。それで、“いいや、ネットでチェックしちゃえ”となるわけです」

corseka02.jpg コルシカの専用ビューア

 「コルシカには、実はスクラップ機能がありました。例えば“ガジェット”という名前でスクラップを作って、いろいろな雑誌からガジェット系の記事だけをドラック&ドロップで追加して、どのデバイスからでも閲覧可能にするというものです。われわれとしては、スクラップブックや文字検索といった機能を使うことで、雑誌の“ストック化+ポータブル化”を狙っていたんです。いずれ出版社からデータを直接もらうことも念頭に入れていました」

 「不正をするつもりは当然ありませんでした。どの雑誌が何部売れたのか、それを実際に紙の形で購入したことも含めて、全て出版社側に見せるようにしていました。根本的な問題として残ったのはスキャンのタイミングです。所有権がどう移転していくのか、という点は、法的には重要です。われわれが買ったものをスキャンし、それをデータとして売っているのか、それとも利用者が購入したものをスキャンしてデータを送信しているのか、という解釈の違いですね。これについても、従来の商習慣に近いように、われわれはあくまでも本屋として本を売っているという形にしていました」

 雑誌市場の長期低落傾向は誰の目にも明らかだ。それをデジタル化によって救えないかという思いと、このままでは電子配信プラットフォームが米企業に牛耳られることになるのではないかという危機感もあったという。

 「雑誌協会との公式の話し合いではなく、出版社の方と個別に話すと、“ずっとこの業界にいるが思い付かなかった、このアイデアはすごい”とか“外部から業界の構造を変えていってください”といった意見を多くもらいましたね。一部の出版社はコルシカのモデルに非常に前向きでした」

 「われわれがサービス立ち上げの前に、それぞれ思惑の異なる各出版社を回って協業を申し込んだとしても、時間ばかりかかってダメだろうと思ったんですね。日本の出版業界は、再販制度や取次制度というものがあって、内部から自分たちで変えるのは恐らく難しい。しかもKindleが日本に入ってきたり、iPadの噂が聞こえてきたりして、このままでは日本の出版業界は対抗できずにやられてしまうと感じていました。何か起こさないといけない。ならば、われわれがやりたい、と思ったのです」

 コルシカが出た1年半後、2010年5月末にソフトバンクがiPadの国内販売を開始。ソフトバンクは、iPad向け雑誌配信プラットフォームの「ビューン」を立ち上げ、話題となった。米国では2011年に入ってから、iPad向けの雑誌市場が立ち上がりつつある。事前に関係者からの合意を取り付けなかったことが決定的な痛手となったが、コルシカは登場の早すぎたサービスという見方もできるかもしれない。

変えていく速さこそが「KPI」

 最近、川嶋氏は位置情報とコミュニケーションを組み合わせたアイデアを元にしたサービスをエンジニアらと3人で、わずか1週間で作ったという。エニグモではEG labというラボ制度があり、このサービスはEG labの中で作ったという。

photo02.jpg

 「まだ納得出来るクオリティにはなっていないんだけど、作ったからには出してみるべきという声が社内には強くあるんです。私は技術部門の責任者ですから、障害は出したくないですし、クオリティにもできるだけこだわりたい。けれど、細部にこだわりすぎると時間がかかりプロジェクトの勢いが失われてしまうんですね。多少はバグがあるかもしれないし、ビジネスにできるかどうかも分からない。信用失墜リスクは絶対に避けなければならないので、お金周りの機能やセキュリティ脆弱性はきちんと対策をしますが、世の中に出してみないと何も始まらないじゃないか、と。引き続き懲りていないんですね、われわれは(笑)」

 サービスを公開することで反発や批判を受けることもあるが、市場やユーザーの声を反映して変えていけば良いという。

 「せっかく作ったのに公開しない、公開したけど全く話題にならないというケースが一番もったいないと思います。悪いアテンションであれ、議論を巻き起こすのは必ずしも悪いことじゃないですよね。出して文句を言われたらなどと、優等生タイプの思考では何も出せませんし、スピード感に欠けてしまいます」

 これまでエニグモは、ブログ、YouTube、電子雑誌、シェアと、いずれも時代の流れを見ながら事業を展開してきたという。

 2005年12月、エニグモはブロガー向けのプロモーションサービス「プレスブログ」を開始している。プレスブログは、企業やブランドからの商品やイベント・セール情報などの“ネタ”を配信し、ブロガーが紹介記事を書けば換金可能なポイントを得られるという仕組みだ。後に“ペイ・パー・ポスト”が問題視されることになるビジネスモデルだが、米国でこのモデルが論議を呼ぶようになったのは2006年半ばになってからだ。

pressblog.png 「プレスブログ」

 YouTubeなどで動画が流行し出したと見た2007年2月には、消費者参加型CM制作ネットワーク「filmo」(フィルモ)のサービスを開始。ソーシャルなサービスが興隆し始めた2008年1月には、自分の持ち物をネット上でシェアするソーシャル・シェアリング・サービス「ShareMo」(シェアモ)を開始した。

 「こういうサービスがあったら面白いんじゃないかと考える。技術的な側面からも、この技術を使えばこういった仕組みを作れないかと想像してみる。ユーザーからの要望は、Twitterの声も見ながらどんどんサービスに反映させる。そのスピードが大事だと思っています。市場リサーチや、各方面の承認を取るといったことも大事なんですけど、その時その時のリソースをフル活用して素早く動く。予算もきちんと作りますし数値シミュレーションも色々なパターンで行いますが、それでも一番重要なKPIは、ユーザーの声をどれだけ反映したか、変えていく速さなんじゃないかと私は感じています。特に新規事業ではそうです」

ソーシャルマーケティング事業からの撤退

 2005年末にスタートしたプレスブログは、エニグモにとって大きなヒットとなった。

 ソーシャルマーケティングが得意な会社として知名度も上がり、売り上げも伸びた。しかし、エニグモは、広告市場をターゲットとしたソーシャルマーケティング事業から撤退することを2011年5月末に決めた。2004年のエニグモ創業時に「このアイデアだ!」と創業者2人が賭けたサービスのBUYMAが、「クリティカルマスを達成し、サイトも常に改善・強化し、黒字事業へと変革し、成長スピードも高まってきた」(エニグモ 代表取締役CO-CEO 田中禎人氏)からだ。

 「BUYMAは元々は創業社長2人のアイデアです。博報堂で仕事していた2003年のクリスマスに、いいアイデアがあるからこれをやりたいということで、2人は2004年2月に会社を設立しました。自分たちが思うアイデアや情熱で、市場にキチンとモノを出すというのは今も変わっていないのですが……、BUYMAに関して言えば、立ち上げればすぐに盛り上がるだろうと思っていたものの、全然ダメだったんですね。赤字です。出品数も全然伸びない。取り引きがあったぞと思ったら、自分たちの友だち同士だったり……」(川嶋氏)

 グローバル・ショッピング・コミュニティを立ち上げたいとの思いで創業し、苦労の末にローンチしたBUYMAだったが、長らく軌道に乗らかった。資金ショートの危機感から立ち上げたプレスブログで思いのほか成功し、食い繋いだ形だ。

方針転換:ファッションにフォーカス

 当初BUYMAでは、ヤフーオークションやeBay!のように取り扱いアイテムのジャンルは限定していなかった。しかし、海外のファッショントレンドに敏感な20〜30代の女性層へのリーチで手応えを感じ、2006年からレディースファッション市場に特化する戦略を採用した。今ではサイト上部のメニューも「LADIES」「MENS」「USED」などファッションアイテムのカテゴリーが並ぶ。エニグモ自身、BUYMAを「海外ファッションECサイト」と位置付け、「世界中のバイヤーが、あらゆるブランドをお届け」「Fashion is Borderless」という謳い文句を掲げている。

 「世の中に出したサービスが市場にどう受け入れられるかは分かりません。ユーザーの声を集めていくうちに、当初思っていたものと違う方向に向かうかもしれませんが、それでいいのです」(川嶋氏)

 現在、BUYMAではファッションブランド数は1500以上、世界65カ国に登録バイヤーが2万人という規模に成長しているという。2011年1月にはテレビCMも打った。サービスとしての分かりやすさやターゲットされた層があることからか、テレビ番組、ファッション誌、情報誌などでの紹介も増えた

 海外ブランドのファッションアイテムならば単価が高い。日本未発売のものも多く、確実なマーケットがある――。BUYMAが成功の軌道に乗り始めた理由は自明のように見えるが、それを探り当てるのには何年もの助走期間が必要だった。

社内の体制も迅速に変える

 川嶋氏がエニグモに加わった4年前には、システム開発は全て外注していたという。2011年現在は社員42人中7人がエンジニアでほぼ全ての開発を内製化しているが、まだエンジニア不足と認識しているという。「最終的には技術とアイデアの両立をしていかないと、と思っている」(川嶋氏)。BUYMAの立ち上げ時には、発注したシステム開発会社に逃げられるなど痛い経験もしたという。

 「DeNAは、今や優秀なエンジニアが集まる企業として有名ですが、オークションサービスのビッダーズは外注でスタートしています。同様にサイバーエージェントも最初はビジネス寄りの企業でしたが、技術力強化を全社的に進めているようです。アイデアと技術の両面で、素早く市場に対応していくというスタンスだと、結局、自分たちでインフラ面まで見てやっていけるかどうかがクリティカルになってくるんですよね」

 エニグモでは、元々福井県で開発・運用していたシステムを、IDCフロンティアが持つ北九州のデータセンターへ、この夏に向けて移設・構築中だという。地震の影響から、災害対策を考えて、複数のクラウドを使い回すようにしたかったのが理由の1つだ。また、仮想化技術などの進化により、かつてほどデータセンターに入局しての作業というものがなくなっていることから「都心のほうがナンセンス」(川嶋氏)と考えたからだという。「グーグルもアマゾンもニューヨークのマンハッタンにデータセンターなんて置かないですよね」(同)。

エンジニアの活躍の余地が大きくなっている

 次々とサービスを打ち出すWeb系ベンチャー企業の技術担当として、スピード感を強調する川嶋氏だが、元々は大手SIerの電通国際情報サービス(ISID)のSEだった。新卒で入社し、4年ほどでSIerからWebベンチャーに飛び込んだ形だ。大手を辞めるのに迷いはなかったのか。

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 「私の場合は最初からISIDにずっといるつもりはなかったので、ベンチャーに行くのは何の迷いもありませんでした。今振り返っても自分にとっても良いことばかりです。運が良かったのかもしれません」

 「ただ、いわゆるSIゼネコンに対して、私は大きな疑問を持っています。成果物に対する貢献度で考えると、優秀な下請プログラマであれば、発注元であるSIerよりもはるかに良い待遇になってしかるべきだと思いますが、実際は下に行くほど厳しい環境です。PM>SE>PGという序列に原因があると思います。私は新卒でしたが、経験ある優秀なプログラマの方を管理する仕事をしていたこともあり、矛盾を感じていました」

 「いまは、エンジニアにとって歴史上最も力を発揮しやすい時代になっていると思います。タダで使えるクラウドがあったり、App Storeのように自分のサービスを世界中に売ることができる市場もある。個人や少人数でも、自分のアイデアを形にして世の中に出すことができる環境があるわけですよね」

 「先日、絵画の世界でも状況が似ていたのだと初めて知りました。昔の画家は王侯貴族からのオーダーを受けて絵を描いて、それを彼らに売っていた。当時重要だったのは、自分のスタイルやアイデアではなく、お客さんの要望通りのきれいな肖像画を完成させることだったようです。ところが多くの国で王制が崩壊し民主主義の時代が到来したので、今まで案件を発注してくれていた顧客がいなくなってしまった。しかもカメラという新しい技術の登場により写実的な肖像画を描いても売れなくなった。そういった時代背景があったので、自らが創意工夫して自由な表現を模索し初める画家が出始めた。そうやって作った自分の作品を展覧会や展示会に出品し、そこで絵画を売るようになったのだそうです」

 まとまった開発資金を提供してくれるパトロンがいなくても、エンジニアが活躍できる場は広がっている。

リスク管理ができていれば、挑戦はいいことばかり

 「エンジニアはもっと外部の世界にアンテナを張り、自分でサービスを作って世の中に出すべきだと思います。要望通りにシステムを作る職人的エンジニアもいいけれど、自分の思いを世の中に出していくという、アーティスト/クリエイタータイプのエンジニアが増えるといいのに、と思います。ビジネススキルも技術力も両方が必要です。スーツ対ギークの話をしていても仕方がありません」

 「Webの世界の競争はグローバルで非常に厳しいですが、BUYMAのようにちゃんと黒字化することができます。特殊な能力があるとか特別なことをしたということはなく、情熱とアイデアを元に動き出したこと、諦めなかったことが大きいと思います」

 川嶋氏は、エニグモで取締役最高執行責任者を務める安藤英男氏に誘われてベンチャーの世界に飛び込んだという。安藤氏も前職はISIDだ。安藤氏の最終出社日に、そばを通りかかったことから川嶋氏が声をかけたのが交流のきっかけとなり、後に誘われたという。

 「大手からベンチャーに転職といっても、キャリアや生活設計を考えたときのリスクは知れています。リスク管理ができていれば、新しいことに挑戦することはいいことばかりですし、何より楽しいです。とりあえず動いてみることだと思いますよ」

 とりあえず動いてみる――。それがマイナスの結果を生む可能性はどんな時代でもある。ただ、その反対に功を奏する可能性が高まっている時代であるということは、事業立ち上げやサービス開発だけでなく、キャリアパスを選択する上でも同様なのかもしれない。

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(@IT 西村賢)

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