解説

DellのAMD Opteron採用でコンピュータ業界の何かが変わる?

デジタルアドバンテージ 小林 章彦
2006/06/10
解説タイトル

 Dellが、2006年5月18日に開催した同社の2007年度第1四半期(2006年2〜4月)の決算に関する電話会議において、2006年末までにAMD Opteron搭載の4ウェイ・サーバを販売することを明らかにした。Dellといえば、これまで長い間、プロセッサはIntel製のみを採用し続けてきた。この方針転換は、IntelとAMDという2大プロセッサ・ベンダの関係に大きな影響を与えそうだ。DellのAMD Opteron採用によって、Dell、Intel、AMDの関係がどのように変化し、それがコンピュータ業界にどのような影響を与えるのかを考えてみよう。

なぜDellはAMD Opteronの採用を決めたのか

 Dellは、4ウェイ・サーバにAMD Opteronを採用する理由を「顧客からのAMD Opteron採用のニーズが高いため」としている。確かに、米国を中心にサーバ市場におけるAMD Opteronのシェアは高まっている。特にDellのシェアが比較的高いといわれる大学などの教育関係や研究所、企業の設計・開発部門において、AMD Opteronは浮動小数点演算性能(科学技術計算性能)が高いことから採用が増えているという。実際、多くのベンチマーク・テストにおいて、AMD OpteronはIntel Xeonをしのぐ結果を出している。

■4ウェイ・サーバ向けプロセッサで出遅れているIntel
 新しいIntel Coreマイクロアーキテクチャを採用する4ウェイ・サーバ対応のプロセッサは、2007年の「Tigerton(開発コード名:タイガートン)」まで待たなければならず、それまで半年以上も、4ウェイ・サーバに対して、IntelはAMDの後塵を拝することになる(この間、16Mbytesの3次キャッシュを2個のコアで共有するTulsaがリリースされるが、浮動小数点演算性能はそれほど向上しないものと思われる)。このところ業績が低迷しているDellとしては、とてもTulsaの登場まで待てないという判断が働いたと思われる。なおTigertonは、4コアになることが明らかにされており、この時点でやっとAMD Opteronと対抗可能になる。

 一方、デュアルプロセッサ対応サーバにおいては、Intel Coreマイクロアーキテクチャ採用の新プロセッサ「Woodcrest(ウッドクレスト)」がまもなくリリースされる予定であることから、あえてAMD Opteronを採用する必要はないとDellは考えているようだ。

■DellがIntelと蜜月な関係に至った理由
 これまでDellは、創業からIntel製プロセッサの採用をかたくなに守ってきたと考えている人が多い。しかし1992年ごろまでのDell(当時は、Dell Computer Systems)は、積極的にIntelのセカンド・ソース(Intelのライセンスを受けて他社によって製造されたもの)によるプロセッサを採用していたのだ。当時、Intelは80286などの製造ライセンスを他社に提供しており、AMDもセカンド・ソース・ベンダの1社として80286などを製造していた。ほかにもHarris Semiconductor、Siemensなどがセカンド・ソースによる80286を製造し、本家Intelよりも高い動作クロックの製品をリリースしていた。こうした高性能の80286を積極的に搭載することで、Dellは安くて速いPC互換機を製造・販売し、業績を伸ばしていたのだ。

 ところが1991年から1992年にかけてDellは、最大の危機を迎えることになる。製品開発の遅れに加え、出荷済み製品の欠陥が発覚してその回収に追われるなど、急速に業績が悪化する。さらに、VL-Bus*1への対応の遅れが重なり、倒産寸前の経営危機を迎えることになる。このDellの危機を救ったのはIntelだといわれている。この時期を境にDellは、Intelの戦略に沿った製品リリースを行うようになる。Intel製マザーボードを採用したり、いち早くPentiumを搭載したり、Intelのサーバ市場への進出とともにサーバ製品をラインアップしたりと、「IntelのPC事業部」と揶揄されるほどに親密な関係となった。

*1 グラフィックス・チップやディスプレイのベンダで構成される団体「VESA(Video Electronics Standards Association)」が規格化したローカル・バス規格。プロセッサ・バスにグラフィックス・チップを直結可能にすることで、ISAバスよりも高速なデータ転送を実現可能にした。

 両者の関係の深さは、IntergraphがIntelとPCベンダ各社を特許侵害で提訴した裁判でも垣間見えている。裁判では、IntergraphがIntelに勝訴し、和解金を支払うことで決着した。またPCベンダとは、個別に裁判を争うことになった。だがDellだけは、Intelとの間で「Intel製品の特許侵害についての免責契約を結んでいる」とし、Dellの侵害についてもIntergraphとIntel間で解決するものと主張した。Intelは、この主張には同意しないとしつつも、Dellの特許侵害についても、Intelの和解条項に含めて解決している。その後、IntelとDellの間で、この件についてどのような処理が行われたのかは明らかにされていない。同様にIntergraphに提訴されたHewlett-PackardやGatewayが、個別に裁判したことを考えると、IntelとDellの間に特別な契約が存在したことがうかがえる。

■AMDとIntelの独禁法裁判による影響
 AMDがIntelを独占禁止法違反で訴えている現在進行中の裁判でも、AMDは「DellやSonyなどに対してIntelが独占的な取引を強要し、その見返りとして、現金の提供や差別的価格によるプロセッサの提供、AMDの排除を条件とする販売奨励金を支給していた」と、DellなどがIntelと有利な取引を行っていることを主張している。この主張がの正否は裁判で明らかになる。Dellは大量にIntel製プロセッサを購入しており、規模の経済原則に従って、競合他社よりも有利な条件でプロセッサを仕入れているだろうが、加えてAMDが主張するような不公正な競争要因が仮にあったとすれば、それは今回のDellによるAMD Opteron採用によって反故になるだろう。

 逆にいえば、AMDとIntelの独占禁止法の裁判が、DellのAMD Opteronの採用に影響を与えたとも考えられる。訴訟によりIntelが、Dellに対してこれまでのような好条件を出しにくくなっているとすれば、Dellにとっては、顧客が求めるAMD製プロセッサの採用をあえて避ける大きな理由の1つがなくなるからだ。

■組織としての世代交代が進むDell、Intel、AMD
 またDell、Intel、AMDの関係が変化した背景には、時代の移り変わりという側面もあるだろう。Dellの会長のマイケル・デル(Michael Dell)氏が、CEOの座を社長のケビン・ロリンズ(Kevin B. Rollins)氏に譲ったのは2004年7月のことだ。同様にIntelは、2005年5月にクレイグ・バレット(Craig Barrett)氏からポール・オッテリーニ(Paul Otellini)氏にCEOの座をバトンタッチしている。AMDも、2004年に会長がジェリー・サンダース(W.Jerry Sanders)氏からヘクター・ルイズ(Hector de J.Ruiz)氏へと移り、完全に新体制へと移行している(2002年4月にヘクター・ルイズ氏はCEOに就任している)。

 このように3社とも、ここ2年ほどで経営陣の体制が変わっている。一般に、経営者が変わった1年目は従来の経営方針を継承しつつ社内を把握し、2年目からは独自の経営方針を歩み始めることが多い。この例にならえば、各社とも2006年は新しい経営方針に踏み出し始めた年である。

 特にIntelは、ポール・オッテリーニ氏がCEOに就任してから、創業以来の企業ロゴを変更するなど、従来のIntelからの脱皮を図っている。さらに、Wall Street Journal紙などは、業績が低迷している通信関連やNOR型フラッシュメモリ事業の売却や分離を検討していると伝えている。こうした事業再編によって、本業のコンピュータ向けプロセッサに経営資源を集中するのではないかと見る向きが多い。再編の方向性によっては、コンピュータ業界や通信業界に大きな影響を与えることになるだろう。

AMDの次の一手

 さて、Intelを急追しているAMDは、顧客としてDellを得たことで勢いがついている。しかしIntelのIntel Coreマイクロアーキテクチャによる追い上げを振り切らなくてはならない。そのため、いくつかの施策を実行することを2006年6月1日に開催した「AMD Technology Analyst Day」で明らかにしている。

 まず増え続ける出荷量に対応するため、ドイツのドレスデンの半導体工場を拡張する。新たに建設したFab 36を増強し、2007年第4四半期まで2万5000ウエハ/月の製造を可能にする。それに加え、現行のFab 30を300mmウエハ対応に転換し、2008年第1四半期初めにFab 38として生産を開始する。これにより、2009年までに現在の4倍のウエハ生産が可能になるとしている。

 またIntelに遅れていた65nmプロセスへの移行も2006年第4四半期に始まる。計画では、2007年中ごろには完全に65nmプロセスに移行することになる。さらに45nmプロセスは2008年中ごろに量産出荷を開始する計画だ。これで、Intelの製造プロセスに追い付くわけだ。

AMDの製造プロセスのロードマップ(AMD Technology Analyst Dayのプレゼンテーション資料より)
これまで製造プロセスでは、常にIntelに遅れをとってきたAMDだが、45nmプロセスではついに追い付くことになる。

 AMDは製造プロセスにおいて、IBMから技術協力を得ているが、その期限も2011年まで延長され、現在45nm、32nm、22nmの共同開発を進めているという。300mmウエハ化と製造プロセスの微細化は、製造コストの削減につながる。これで、Intelに価格競争を仕掛けられても、対抗できる体制が整うことになる。

 そしてAMDでは、30%以上のシェア確保を狙っているとしており、そのためにも製造能力の向上は避けられない。逆に、製造能力を引き上げながら、シェアが低下してしまった場合、不良在庫を大量に抱えることになり、経営危機を迎えることにもなる。

 そのためにもIntelの追い上げをかわし、シェアを伸ばす必要がある。その施策の1つが、2007年にリリースが予定されている次世代プロセッサである。サーバとハイエンド・デスクトップPC向けにはクワッドコア、デスクトップPC向けにはデュアルコアで提供される。演算コアやメモリ・コントローラ、キャッシュなどをモジュール構造として、それぞれを目的によって組み合わせることでサーバ向けやデスクトップPC向けとする設計方針を明らかにしている。これにより、設計の迅速化とモジュールごとの電力制御が可能になる。なお、次世代のサーバ向けプロセッサでは、コアごとに64Kbytesの1次キャッシュと512Kbytesの2次キャッシュ、4個のコアの共有として2Mbytes以上の3次キャッシュが搭載されることになる。また128bitのSSE(ストリーミングSIMD拡張命令)演算と浮動小数点演算を実現することで、科学技術計算や画像処理などの処理性能を強化することも明らかになっている。このようにIntelがIntel Coreマイクロアーキテクチャで攻勢をかける一方、AMDもAMD64の強化によって対抗することになる。

次世代サーバ向けプロセッサのダイ(AMD Technology Analyst Dayのプレゼンテーション資料より)
写真のようにAMDの次世代プロセッサは機能をブロック化し、それを組み合わせる構造を採用している。これにより、3次キャッシュの容量が容易に拡大できるなどのメリットが生まれる。
 
AMDのサーバ/ワークステーション向けプロセッサのロードマップ
2007年には、3次キャッシュを内蔵した次世代プロセッサがリリースされることになる。これによりIntelのIntel Coreマイクロアーキテクチャ採用のIntel Xeon MPを振り切る計画だ。

AMDとIntelのシェア争いが標準化に影響

 仮にAMDのもくろみどおりシェアが30%に迫るようになると、技術の標準化などの面においても、相応の貢献が必要になってくる。現在のPC/PCサーバの標準規格の多くが、Intelの影響下で策定されたものである。イーサネット、PCI、USB、InfiniBand、PCI Expressなど、数え切れないほどだ。これまでAMDは、このようにIntelが作り上げたエコシステムに便乗してきたといってよい。一方Intelは、標準規格を握ることで、市場の早期立ち上げと同時に、自社に有利な立場を確保し続けてきた。もちろん、そのために人と金、技術などを積極的に標準化団体へ提供し続けてきたわけだ。

 しかしAMDのシェアが高まれば、当然ながら規格の標準化過程におけるAMDの主張も強まることになる。また標準化団体も、AMDにIntelと同等の貢献(人、金、技術)を求めるようになるだろう。AMDとIntelの利害がうまく一致すればよいが、相反して標準化で争うようなことになれば、互換性のない規格が乱立する懸念も高まる。

 その兆候が、AMDが発表した「Torrenza(トレンザ)」に見える。Torrenzaは、HyperTransportの拡張スロット(HyperTransport HTX)ともいえるもので、HyperTransportに直結し、拡張カードによって特殊な数値演算コプロセッサやメディア・プロセッサなどの追加を可能にしようというものだ。PCI Expressの標準化の折りに、AMDはHyperTransportをベースにすることを提案したが、結局、Intelの推すPCI Expressに敗れた経緯がある。ここにきてAMDは、特殊なプロセッサを拡張するという目的ながら、HyperTransportの拡張スロットの構想を持ち出してきたわけだ。

 当然ながら、HyperTransportに直結する拡張スロットなので、特殊なプロセッサの拡張に限らず、HyperTransportに対応したグラフィックス・カードやインターフェイス・カードなども差すことができるだろう。クラスタリング・システムのコンピュータ間を接続するインターフェイスとして、HyperTransport HTXを利用するといった用途がすぐに浮かぶ。

 HyperTransport HTX対応の拡張カードが豊富になれば、PCI ExpressとHyperTransport HTXの2つの規格が業界標準(デファクト・スタンダード)を争うことにもなりかねない。同様のことは、新しい命令セットや仮想化機能の実装などでも起こりそうだ。AMDとIntelの争いが、ユーザー不在にならないことを願うしかない。記事の終わり

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