PDFが業務アプリケーションのプロセスになる日

千葉英寿
2004/12/22



“皆さんはPDFをご存じだろうか?”という質問はいまや愚問だ。PDFのリーダーであるAdobe Readerは全世界で5億5000万本以上を配布しており、PDFはビジネスのみならず、あらゆる分野に浸透した名実共にドキュメント・プラットフォームのスタンダードといえるだろう。

しかし、“PDFはリッチクライアントに利用できる”と聞くと違和感を感じる方も少なくないだろう。PDFはその存在が広く知られている半面、J2EEサーバのフロントエンドとしてリッチなクライアント環境を提供するドキュメントに進化していることは、あまり知られていない事実である。PDF自身と、PDFを取り巻くサーバ・ミドルウェア製品を通してアドビが推し進めているリッチクライアント戦略について、アドビ インテリジェントドキュメント部 フィールドプロダクトマネージャの小島英揮氏にうかがった。


●PDFはビジネスプロセスの基盤として成長しつつある

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 リッチクライアントは一般的に、Biz/BrowserやFlashに代表されるようなWebブラウザの貧弱な表現力や操作性を補うテクノロジだと考えられている。一方で、PDFは電子ドキュメントの印刷用フォーマットという固定観念が根強く、リッチクライアントとPDFは別物と考えられがちだ。

 「そういったイメージを打破して、PDFがプロセスとセキュリティを両立させた情報のコンテナであるということを知って、PDFを再発見していただきたいと考えています。“ディスカバー PDF”というわけです」(小島氏)。

 印刷のためのフォーマットとして誕生したPDFは、この数年、サーバ・サイドのミドルウェア製品との連携を強めており、同社が“インテリジェント・ドキュメント”と位置付けたソリューションのフロントエンドとして、リッチクライアント的な役割を果たす色合いが濃くなってきた。それでは同社が考える現在のPDFとAdobe Readerはどういうものだろうか?

3つのコンポーネントで構成されたAdobe Intelligent Document Platform

 「キーとなるのは、ミドルウェア的な要素を持つインテリジェント・ドキュメントとして、PDFをAdobe Readerと併せてリッチクライアント的に活用する、ということです。アドビではリッチクライアントという表現ではなく、独自に“ユニバーサルクライアント”という表現を使っていますが、これは機能がリッチであるとともに、どこにでもあるユビキタスな環境であるという意味を含んでいます」と小島氏はPDFとAdobe Readerをほかのリッチクライアントのソリューションとは一線を画するものと強調する。

 ユビキタスであることについて小島氏は、「例えば、ローンの申し込みのように本人以外の記入が必要なケースがありますが、PDFとAdobe Readerならオフラインで複数の人の作業に対応することができます。ビジネスにおいては、レビューやコラボレーション、業務系のプロセスにも使えます。PDFファイルそのものをルーティングさせることで、企業内で意外に多い非定型の業務にも応用できます。このように広い範囲をカバーし、業界や国を問わずにどこでも同様に提供できるのが、PDFとAdobe Readerのバリュー・プロポジションといえます。これはPC環境に依存しないPDFだからこそ実現できるもので、他に類を見ないソリューションであると考えています」と説明している。

図1 Adobe Intelligent Document Platform(画像をクリックすると拡大します)

 アドビでは、ユニバーサルクライアントと位置付けるAdobe Reader、インテリジェント・ドキュメントのPDF、これにドキュメントサービスを加えた3つのコンポーネントで構成する「Adobe Intelligent Document Platform」を同社のエンタープライズソリューションの中核として位置付けている。そして他社のリッチクライアント製品と決定的に異なるのは、ユーザーインターフェイスとサーバサイドのアプリケーションで交換されるのが、PDFという独立した高機能なドキュメントであるところだ。これによって、さまざまな利点が生まれるとアドビは主張する。

 「PDFにドキュメントサービスであるサーバ・ソフトウェア製品群『Adobe LiveCycle』を加えることで、Webサービスにおいて人がかかわるエリアをドキュメントでつないでいくことができます。これらにより、ドキュメントのプロセスとセキュリティを向上し、人が介在する仕事をセキュアで、かつ効率化します。この相反する2つの用件をうまく吸収しようというのがPDFであり、アドビはその実現を目指しているのです」と、小島氏は語っている。Adobe LiveCycleソフトウェアを業務に活用した事例は各分野から報告されている。

 米国の事例だが、IRS(米国内国歳入庁)では、『Adobe LiveCycle』のテクノロジを活用して、これまで難しかった“電子→紙→電子”というルーティンを実現している。これは申告フォームに情報を入力すると2次元バーコードに反映して情報が書き込まれる仕組みになっており、このフォームを印刷してバーコードをスキャナで読み取れば、情報を再び電子的に取得できる。

 ここで、Adbobe LiveCycleの技術的な特長を補足しておこう。LiveCycleはサーバとPDFが連携するソリューションだ。動作プラットフォームにはJ2EEサーバ(現在はIBM WebSphereとJBossをサポート)を利用する。PDFにセキュリティ機能を付加するだけでなく、リッチクライアントとしての機能を提供している。すなわち、LiveCycleがPDFをユーザーインターフェイスとして、サーバと連携したプレゼンテーション層の構築を実現する。サーバと連携したインテリジェントなPDFによる入力フォームは、MVCモデルにおけるViewとControlの両面をサポートし、下記のメリットを提供する。

  • バリデート機能(入力値の判定)
  • オフラインでのデータエントリ
  • ドロップダウンリスト等のWindowsクライアント並のリッチなユーザーインターフェイス
  • PDFフォーム側に機能を実装することによるサーバ間通信の負荷軽減

 実際、SAPでは標準インターフェイスとしてPDFを選択できるようになっていて(Interactive Formと呼ばれる)、設計環境にはAdobe DesignerがOEMでバンドルされている。

●ドキュメントのセキュリティをコントロールするAdobe LiveCycle Policy Server

 PDFをデータ交換フォーマットとするアドビのリッチクライアント戦略では、ドキュメントのセキュリティに不安を感じる方もいるだろう。サーバ・アプリケーションと切断された状態で閲覧や書き込みが可能なPDFは、ネットワークを介して簡単に複製を配布できてしまう。これを解決するために投入された製品が「Adobe LiveCycle Policy Server」である。Adobe LiveCycleソフトウェア製品群の機能には、ドキュメントを作成するプレゼンテーション機能、不定型のワークフローに対応するコラボレーション機能、請求や申請のようなルールとルートが決まったプロセスの定型のワークフローに対応するプロセス管理機能などがある。

 中でもセキュリティ機能はユニークだ。PDFそのものにカギをかけてしまうアクセス制御が可能だ。例えば、関係会社に渡したドキュメントを修正したいときや、退職してしまった社員が見ることができたドキュメント、つまり配布してしまったドキュメントの振る舞いもコントロールすることができるという。

 このドキュメントコントロールを行うサーバ・ソフトウェアが「Adobe LiveCycle Policy Server」(以下Policy Server)だ。

図2 Adobe LiveCycle Policy Server(画像をクリックすると拡大します)

 これまでのPDFは、PDFファイルの生成段階で署名や暗号化を行ないセキュリティを設定していたが、Policy Serverではどういうセキュリティに従うかポリシーのみを与えることでドキュメントのセキュリティをコントロールする。これにより、閲覧、印刷、有効期限、といったドキュメントのアクセス制御をドキュメントの配布後にも継続して行うことができる。さらにオフラインの状態でも権限管理を行うことができると小島氏は説明している。

 「Policy Serverはドキュメントを開くときにポリシーの確認を行わせることで、ポリシーに応じた振る舞いをドキュメントにさせています。ポリシーを再チェックするまでの一定期間、オフラインリリースをする設定にしておけば、その間はドキュメントにアクセスできます。ポリシー確認を次に行う際に権限に変更を与えれば、ドキュメントの配布後にアクセス権限を失効させる、というような動的な管理を行うこともできるわけです」

 また、Policy Serverには、副次的な要素として操作履歴をトレースすることができる。これにより督促や送達確認といった、これまでネットワークでは難しかったことができるようになった。

 小島氏は、提供開始前からPolicy Serverには各分野から期待が集まっている、と語っている。「Policy Serverにはすでにさまざまなお客さまより引き合いをいただいています。例えば、保険会社で扱う事故調査の内容は個人情報に当たりますが、その情報をさまざまな部署や人が扱わなければなりません。ここにPolicy Serverを使うことで業務に支障なく、個人情報を保護することができます。このほかには、メーカーのお客さまより、開発中の製品を盗用から保護するため、デザインや図面を管理することに活用したいというお話をいただいています。情報の配布先をコントロールできることは、さまざまな企業にとって大きなポイントといえるのです」

●フォームはPDFの転換点

 小島氏はPDFの使い方が変わってきたのはフォームとしての活用が進んできてからだと語る。「PDFが単なるプレゼンのファイルフォーマットから、情報のコンテナとして転換した3年ぐらい前からフォームを扱うようになり、プロセスを意識したフィードバックをいただけるようになりました。そういう意味では、フォームはPDFの転換点だったといえます」

PDFの機能拡張 導入企業 備考
ステップ1 印刷
ステップ2 印刷、入力支援 東京三菱銀行、みずほ銀行
ステップ3 印刷、入力支援、バーコード生成 IRS(米国内国歳入庁) PDFの「機能拡張」で対応
ステップ4 印刷、入力支援、ファイル添付、保存、電子送信、電子送信 住友商事、本田技術研究所
ステップ5 印刷、入力支援、ファイル添付、保存、電子送信、電子送信 文部科学省、埼玉県庁
表1 PDFフォームの段階的な適用(利用者環境はAdobe ReaderでOK)

 PDFの機能拡張は、表1に示すように5つの段階で機能が拡張されてきた。ベースとなる印刷機能をステップ1とし、ステップ2では入力(支援)機能を加えた。ステップ3以降はPDFへの機能拡張で対応しており、ステップ3ではバーコード生成、ステップ4ではファイル添付、保存、電子送信、ステップ5では電子認証などに不可欠になる電子署名の機能が加わっている。これらの機能拡張はワークフローやビジネスプロセスの電子化であるとともに、そのままAdobe PDFの進化の歴程でもあるといえる。

 表1に示されているように、各ステップごとにいくつもの事例が報告されている。

 ステップ2の入力支援機能を活用した企業としては、東京三菱銀行(BizStation)とみずほ銀行(みずほビジネスWeb)の事例がある。顧客の申し込み作業を支援するために紙の書式をそのまま流用したPDFフォームを用意し、インタラクティブな入力支援機能により、顧客の入力ミスを削減している。さらに顧客はPDFフォームをオンデマンドで入手するので、企業側のコスト(書類送付費用)の削減も実現している。ステップ3のIRSの事例は前出のとおりだ。ステップ5の電子署名は、汎用電子申請システムとして埼玉県庁が採用するなど、導入が進んでいる。

業務用フォーマットとしてのAdobe PDFの優位性について語る小島氏

●PDFは普遍だが、そのスタンスは変化する

 『PDFは普遍である』ということは同社にとっては、変えようのない“ポリシー”ではあるが、この普遍的なインフラをいかに便利に使うか、ということが同社にとっても課題だったと小島氏は語る。

 「PDFができて10年、われわれの資産はAdobe Readerのユーザーであると考えるようになり、大きくシフトチェンジしてきました。彼らにベネフィットを与えることができないか、そして、銀行やメーカーのシステムにつなぎ、Adobe Readerを便利にお使いいただけるソリューションを提供し、その対価としてのサーバを導入いただこうと考えたわけです」

 アドビにとってPDFがコアビジネスであることは変わらないが、同社のスタンスは大きく変化しつつあるようだ。電子文書としてのPDFが、認証やワークフロー機能と連携することで企業のビジネスプロセスをサポートするようになってくる。さらには、リッチクライアントとしてのPDFは、従来のHTMLの限界を超える入力クライアントとしての可能性も秘める。PDFがエンタープライズ用途にどう活用されていくのか。今後の動向が楽しみである。


 

 

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