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公認会計士・高田直芳 大不況に克つサバイバル経営戦略(23)

パナソニックは本当に業績回復した?

高田直芳
公認会計士
2011/12/1

電機業界が惨憺たる状況であるなか、パナソニックは2009年9月期に289億円の営業黒字に転じた。今回は、某メディアが挙げたパナソニックの業績回復要因について分析し、“回復”の真相に迫りたいと思う。(ダイヤモンド・オンライン記事を転載、初出2010年1月8日)

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決算短信では見抜けない
“固定費削減”の真相

 〔図表1〕(2)の固定費削減は、どうなっているのだろうか、ということで調べたのが〔図表4〕である。

 〔図表4〕は、総コスト(=変動費+固定費)を100%と置いて縦軸とし、下段を固定費比率(総コストに占める固定費の割合)、そして上段を変動費比率(総コストに占める変動費の割合)としたものである。表示してある百分率は、固定費比率を表わしている。

 これは一目瞭然、パナソニックの場合、固定費は削減されるどころか、増加傾向にあることがわかる。四半期報告書に基づいているので、1年で4件のデータしか入手できないという制約はあるが、固定費削減とはお世辞にもいえない。

 

 パナソニックの、2009年9月期に係る決算短信では「材料費の合理化や固定費削減を徹底的に推進したことで、営業利益は289億円を確保しました」とあった。はて? どこの会社の話をしているのだろう、というのが実感である。第20回コラムでも述べたように、本社のエリートによる作文でないことを祈るばかりだ。

限界利益率の上昇は
業績回復に結びつかない

 〔図表1〕で最後に残った「限界利益率」というのは、限界利益を売上高で割った比率である。限界利益は「固定費+利益」から構成され、利益については営業利益や経常利益などを当てはめるのが一般的だ。

 先ほどの投資情報誌によれば、営業増益となったから限界利益率が向上したのか、限界利益率が向上したために営業増益となったのか、因果関係の序列は不明であるが、いずれにしろパナソニックには当てはまらない。同社の場合は、固定費が増加傾向にあるから、限界利益率が上昇しただけの話なのだ。

 そもそもパナソニックの、2009年9月期に係る決算短信や四半期報告書を参照したところ、「固定費削減」の文言は確かに登場するが、「損益分岐点の引き下げ」と「限界利益率の向上」は登場しない。投資情報誌の編集者はどうやら、机上の「イメージ」だけで作文をしてしまったようだ。

 まさか、パナソニックがこの情報誌の言を鵜呑みにすることはないだろうが、社内での現状認識が的外れなものであれば、経営者の描く成長戦略が場外へ飛び出してしまうのは確かだろう。

三洋買収で手詰まり?
キャッシュフローが業績回復のカギ

 パナソニックを話題にするのであれば、業績云々よりも、三洋電機に対するM&A戦略のほうがよいかもしれない。2009年12月に三洋電機に対するTOB(株式公開買い付け)が成立し、普通株ベースで発行済み株式数の50.2%を取得。4038億円ものキャッシュを投じて、三洋電機を子会社化した事実のほうが、世間としては関心がある。

 そこで興味をひかれるのが、パナソニックのキャッシュフローである。

 

 〔図表5〕は、営業活動キャッシュフローと投資活動キャッシュフローの単純差引額である「フリーキャッシュフロー」を黒い線で描き、筆者オリジナルのフリーキャッシュフローを「オプション・キャッシュフロー」として赤い線で描いたものだ。三洋の買収資金は、財務活動と投資活動とでヒモ付きになるので〔図表5〕には反映されない。

 〔図表5〕を見ると、黒い線のフリーキャッシュフローはゼロを挟んで、上下に行ったり来たりのピッチング運動を示している。ところが、オプション・キャッシュフロー(タカダ式フリーキャッシュフロー)は減少傾向を示し、資金に手詰まり感があることを示している。三洋の買収によって今後、これが反転するのかどうか、それがパナソニックの業績回復のカギになるだろう。

矜持を失ったマスメディアは恐ろしい

 先に紹介したアニメ映画とは別に、先日、テレビ放映されていた洋画で、主人公が次のようなセリフを述べていた。すなわち、世の人々は、嘘か本当かなんて、どうでもいい。人は、自らが信じたいことしか信じない。多くの人が信じれば、それが嘘でも本当になる、と。

 大学センター試験のような択一問題であれば、正解は1つしかない。それに対して、具体的な企業の分析結果をどう評価するかは、十人十色の解がある。

 とはいえ、今回紹介した投資情報誌の記事で、パナソニックを十色に染めるのは認めがたいものがある。ウソを糊塗してしまうほどの影響力を持つマスメディアなればこそ、高い矜持を持って、十分な検証を行なった記事を書くようにしてほしいものだ。

 正月明け早々、どうやら勝負を挑む相手を間違えてしまったようだ。筆者は、買う気の失せたその情報誌を平積みされた棚に戻して、書店をあとにすることにした。

筆者プロフィール

高田 直芳(たかだ なおよし)
公認会計士、公認会計士試験委員/原価計算&管理会計論担当

1959年生まれ。栃木県在住。都市銀行勤務を経て92年に公認会計士2次試験合格。09年12月より公認会計士試験委員(原価計算&管理会計論担当)。「高田直芳の実践会計講座」シリーズをはじめ、経営分析や管理会計に関する著書多数。ホームページ「会計雑学講座」では原価計算ソフトの無償公開を行う。

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