理研、富士通、将棋連盟が共同プロジェクトを開始

プロ棋士の小脳を研究して情報システムに活用

2007/08/03

 理化学研究所と富士通、富士通研究所は8月3日、研究プロジェクト「将棋における脳内活動の探索研究」を共同で開始したと発表した。日本将棋連盟の協力を得て、将棋の課題を思考する過程でのプロ棋士の脳の活動を研究する。特に、直感思考では大脳よりも小脳が主要な役割を担うとする「小脳仮説」を検証するために、fMRI(MRIを用いて脳の活動を画像化する手法)などを用いて大脳と小脳の連携を調べる。

shougi01.jpg 富士通 富士通 代表取締役会長 秋草直之氏(左)、理化学研究所 理事長 野依良治氏(中央)、日本将棋連盟 会長 米長邦雄氏(右)

直感に関わる小脳に焦点

 理研脳科学総合研究センター特別顧問の伊藤正男博士が提唱する小脳仮説を検証することがプロジェクトの1つの目的だ。一般的に小脳は運動に関係する情報処理を行うとされているが、伊藤博士は思考のプロセスが本人に意識されない「直感」や「ひらめき」は小脳が行っていると考えている。

shougi02.jpg 理研脳科学総合研究センター特別顧問の伊藤正男博士

 「直感というのは、見てパッと分かるということです。ひらめきというのは、分からない、分からないと考えていて、何日も経ってからパッと分かるということです。ひらめきが起こるのは、意識しているときもあるし、忘れているときもある。直感もひらめきも共通の仕組みであり、人間の脳に特有のプロセス」(伊藤博士)。

 こうした無意識の思考が起こるのは、大脳で繰り返し繰り返し考えた観念や概念が、小脳のなかに「内部モデル」として転写されるように形成されるからだという。こうした小脳の働きは「運動については、かなりの証拠があがっている」(伊藤博士)。例えば、熟練したスキーヤーに滑り方を聞いても分からないと答えるだろうが、それは無意識に小脳にできた手や足の動きをモデル化しており、運動前に、そのモデルに基づいてシミュレーションすることで正確な動きの予測ができるからだという。

プロ棋士の思考は理想的な研究対象

 こうした直感や正確な運動が可能になるには、経験と学習が必要で、将棋のプロ棋士は、この点から理想的な研究対象だという。

 「日常われわれが行っている思考は雑多すぎて研究しづらい。しかし、将棋はルールが明確で、しかもプロ棋士というのは幼少時から毎日訓練を繰り返してきた人たち」(伊藤博士)だからだ。現実の駒を使わずに対局ができる、ずば抜けた集中力で1つの局面を深く考えられる点も棋士ならではだ。

 研究チームの一員である田中啓治氏は「今回、将棋連盟会長の米長先生の号令で、たくさんの棋士に協力してもらえることになった。高度に訓練されている上に均質なサンプルで、世界的にあり得ないチャンス。将棋を使った実験パラダイムができれば、非常に大きな研究成果が得られるはず」と期待感に胸をふくらませる。将棋に関する思考について解明が進めば、日常的な思考一般に対する理解も進むのではないかという。理研の持つ4テスラfMRIという一般的なfMRIよりも強い磁場を用いた空間解像度の高い計測機器を利用することからも、今までにはない研究成果が得られるとの期待が寄せられている。これまで脳研究の分野では、チェスを使って大脳の活動を観測した映像が少しある程度で、今回のように大がかりな研究は初めてという。

 アマチュア10人、プロ10人程度の棋士を対象に2年をめどに研究を進める。実際に被験者になる棋士について米長将棋連盟会長は「初めは若い棋士中心だが、いずれタイトル保持者にも全員出てもらいたい」と全面協力の構えだ。

 プロジェクトに参加する富士通および富士通研究所は、今回の研究成果の中から、複雑化する情報システムを安定運用するために、応用可能な知見が得られるのではないかと期待しているという。

(@IT 西村賢)

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