OSS実装「Mono」で広がる.NETの応用
iPhoneでC#アプリが審査に通るワケ
2009/01/29
iPhone向けにC#で書かれたゲームが40本以上存在する――。2009年1月7日付けのブログ投稿で、こんなにわかに信じられない現象を伝えるのは、メキシコ出身のオープンソース開発者、ミゲル・デ・イカザ(Miguel de Icaz)氏だ。iPhoneアプリケーションの開発といえば、アップルが提供するSDKに含まれるObjective-Cを使うか、Webブラウザ上でのみ動作するJavaScriptで実装するかのいずれかだった。
C#のような実行時にランタイム(.NET Framework)を必要とするプログラミング言語は、iPhoneでは使えない。なぜなら、任意のコードを実行できるランタイムを配布パッケージに含めることを、セキュリティ上の理由からアップルが禁じているからだ。
ではなぜ、C#アプリケーションが審査に通るのか? この背後には、オープンソースプロジェクト「Mono」(スペイン語でサルの意味)の存在がある。
なぜアップルの審査を通るのか
イカザ氏が挙げる40本のゲームは正規のアプリケーションで、開発中のものを除いてすべてアップルの審査を通り、AppStoreで販売されている。jailbreakと呼ばれる非正規の手法を使うものではない。
Blurstの「Raptor Coptor」はiPhone向けにC#で書かれたゲームの例だこれらのゲームはすべて、デンマークに本社を置くUnityテクノロジーズの「Unity/3D」という3Dグラフィック処理フレームワークを使っている。Unityは、そのベースにMonoを採用している。Monoは、マイクロソフトの.NET Frameworkと同等のものをオープンソースで実装したソフトウェアで、冒頭で紹介したイカザ氏が2001年に開始した同名のプロジェクトの成果物だ(イカザ氏はGNOMEプロジェクトの創始者としても知られている)。
Unityでは、このMonoプロジェクトの成果物であるMono VMを使うことで、C#によるアプリケーション開発をサポートする。
Mono/.NETでは、C#などの.NET向け言語で書かれたソースコードをCIL(Common Intermediate Language)と呼ばれる中間言語にコンパイルし、それがVM上で動く。実際にはVMは、CILを各プラットフォームで実行可能なオブジェクトコードにコンパイルする。Java同様、こうした2段構成を取ることで、.NETはソースコードのポータビリティを高めている。つまり、C#で書いたアプリケーションはマイクロソフトの.NET上でも、Mono上でも同じように動くわけだ。
iPhoneの場合、問題はCILだ。CILから各プラットフォーム(IA-32のWindowsや、ARMのiPhone、PowerPCのWii)へのコンパイルは、実行時に動的に行われるため、これはアップルのSDKのライセンスに抵触する。このため、UnityではMonoをそのまま使うのではなく、JITコンパイラを省き、さらに、事前にすべてネイティブコードにコンパイルしてしまうAOT(Ahead-of-Time)コンパイルを行うことで問題を回避している。ただ、すべてネイティブコードにコンパイルされるとはいえ、ガベージコレクタや、スレッド処理などが必要なため、JITコンパイラをはじめ不要なコードを削ったMono VMを、静的にリンクする形となる。
もともとiPhone向けのアプリケーションでは少しでもダウンロードサイズを小さくしたいというニーズがあるため、こうした機能限定版VMは、むしろ好都合だ。
JIT省略版Monoを活用できるのはiPhoneプラットフォームばかりではない。イカザ氏によれば、XBox360でもJITコンパイラ搭載のMonoを含むようなソフトウェアは、ライセンス上、出荷できない。また、XBox360では書き換え可能なメモリページを実行用ページに変換できないというカーネルの制限があるため、いずれにしてもJIT利用は不可能だという。こうしたことから、JIT省略版Monoは活用できる可能性があるという。
Monoで進む.NETのクロスプラットフォーム対応と多様化
言うまでもなく、.NETはJavaと似た技術だが、対応プラットフォームという点ではJavaにはるかに及ばなかった。.NET Frameworkの実装はマイクロソフトによるWindowsプラットフォーム向け(今後はAzure向けも)があるだけだった。それが現在、Monoプロジェクトの成果によって、対応プラットフォームを広げつつあるだようだ。MonoはLinuxを始めとするUnixやMac OS X、そしてWindowsプラットフォームで稼働する。さらに、すでに述べたようにMonoはiPhoneやXBox360でも動くほか、Androidで稼働したという報告もある。AndroidのMono上では、PythonやRubyの処理系(それぞれIronPython、IronRuby)まで動いているようだ。
Monoプロジェクトのトップページ先述したUnityテクノロジーズは、Monoをベースに独自カスタマイズをすることで、iPhone向けのフレームワークだけでなく、WindowsやMac OS X、Wiiにも対応する製品を持っている。例えばアニメ専門チャンネルとして知られるカートゥーン・チャンネルは2009年1月14日、「FusionFall」と名付けられたMMO(Massively Multiplayer Online game:多人数参加型オンラインゲーム)の提供を開始したが、このゲームにはUnityのエンジンが使われており、ソフトウェアスタックとしてMonoが活用されているという。MonoのランタイムはMac OS X対応のためばかりではない。Windowsプラットフォーム向けにまでMonoを使っている。本家とも言えるマイクロソフトの.NET(およびそのバリエーションであるSilverlight)をさしおいて、Monoが使われているのには理由がある。それは、Monoがオープンソースで、用途に合わせて自由にカスタマイズやチューンができるからだという。JITを省いたVMを広く提供するというインセンティブは、マイクロソフトにはないだろう。
カートゥーン・ネットワークが提供するWebブラウザベースの「FusionFall」はMonoをベースにして開発したというカスタマイズという点では、もっとおもしろい実験もある。Python開発者のイギリス人エンジニア、マイケル・フォード(Michael Foord)氏は、LinuxのFirefox上でPythonコードを走らせるという実験的試みを報告している。これまでにもすでにWindowsプラットフォーム向けではSilverlight 2に含まれるCoreCLRと呼ばれるランタイムにより、IronPythonをWebブラウザ内で使うことは可能だったが、MonoプロジェクトによるSilverlight実装でも、開発版のMoonlight 2を使えばLinuxやMac OS Xでも同等のことができることが示された形だ。
Moonlightは2009年1月22日に、初めての正式版となるバージョン1.0が出たばかりだが、Linux上でバラク・オバマ氏の大統領就任演説ストリーミングの閲覧が可能だったことで話題となるなど、完成度を高めている(参考記事:LinuxでもSilverlightを見られる、「Moonlight 1.0」正式リリース)。Monoプロジェクトはマイクロソフトと提携関係にあるノベルのサポートを受けている(イカザ氏が創業した米Ximianを2003年にノベルが買収している)。このため、マルチメディア関連のコーデックなどでもMoonlightはマイクロソフトの協力を得られている。
広がるVM、広がる選択肢
ゲームやグラフィクスという特殊用途ではあるにせよ、Mono VMが広がる兆しを見せていることは、Javaに遅れを取っていた.NETのマルチプラットフォーム化が、ようやく進み始めた姿だと見ることもできるだろう。MonoはGPLやLGPLのほかMITライセンスを選べるなど、使い勝手が良いというメリットもある。また、Javaのように大手エンタープライズベンダががっぷり組み合った結果、標準化や進化が遅くなるという足かせもない。そうした意味でも応用が広がりやすい段階にあると言えそうだ。
.NET FrameworkもJava VMも、それぞれF#、IronPython、Scala、Clozure、JRuby、Fortressと、多様なプログラミング言語が花開くプラットフォームに進化しつつある。Monoが.NETの世界を広げることは、多様なプラットフォーム上でプログラミング言語の選択肢を広げることになる。これは.NET言語の開発者に限らず、同じスキルセット、ソースコードを流用できることにつながり、開発者としては歓迎すべきトレンドと言えそうだ。
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