前世紀のLinux:飛翔編
 〜 普及がもたらしたさまざまな変化とは 〜


WASP株式会社
生越 昌己
2008/9/30


商用化の流れ

 Linuxでは比較的早い時期から、商用のソフトウェアやディストリビューションが出ていました。それはおそらく「比較的簡単に使えるUNIX」だったからだと思われます。

 LinuxをOSとして使っているだけであれば、ライセンス上の問題はまず起きませんし、かなり早い時期からバイナリでソフトウェアを配布することが珍しくなかったため、商用ソフトウェアを出すハードルが低かったということもあります。1992年ごろにはすでに、ディストリビューションの商業的配布(つまり販売)が行われ始めていました。

 また、Linuxが普及し始めたころというのは、ちょうどインターネットの黎明期であり、インターネットサーバに必要な機能がほどほどにそろっていたということも無視できません。Webサーバやメールサーバのようなソフトウェアは、最初はSolarisのような商用UNIXの上で開発されていましたが、かなり早い時期からLinuxに移植されましたし、後には主な開発プラットフォームをLinuxにするソフトウェアも出てきました。

 さらに、先に述べたように大量の初心者が参入してしまった結果、Linuxはかなりむちゃな使われ方をしていました。そのため結果的に、かなり厳しいテストをしていることになりました。これがフィードバックされることにより、信頼性が向上し、Ver.1.0が出たころにはかなり安定して動くようになっていました。

 このような事情を背景として、「インターネットサーバとしてLinuxを使う」ということが考えられるようになりました。それまでインターネットのサーバとしてはSolarisが使われることが多かったのですが、廉価なサーバということでLinuxが使われるようになり始めました。

 これに伴い、それまでのSLSSlackwareのようにインストールのことだけ考慮されたディストリビューションではなく、Red Hat LinuxDebianのように、メンテナンスやバージョンアップのことも考慮した、より高度なパッケージシステムを持ったディストリビューションが出るようになりました。

 商用として使われるようになると、次は商用の供給やサポートが必要になります。つまり、Linuxで構築したサーバの販売やサポートをビジネス化することに対する需要が出てきます。日本では1997年ごろにそういった会社が多数作られました。

 商用でLinuxを使うということは、主に新興の、比較的小さな会社で始まりました。すでに自前でサーバを持っている会社は、Linuxではない商用UNIXでサーバを作っていたということもあって、そういうところに新たにLinuxが入ることは困難でした。

 また、Linuxはよくなっていたとはいえ、まだまだ社会的な信用はできていませんでした。特にLinuxは「フリーソフトウェア」だということが、さまざまな場面で障害になっているという点は否めません。そこで「オープンソース」という概念と言葉が考えられました。

 オープンソースについての詳細は本稿では触れませんが、「LinuxがFortune500企業に使われるように」という、非常に明確な普及目標を持って考えられたものです。このことは、このころLinuxを普及させることが大変重要なミッションになったということを意味します。

 1999年ごろからは、主にアメリカの「Linux会社」が株式公開をします。ちょうどドットコムバブルの始まりでもありましたから、公開直後はものすごい株価になりました。残念ながら、そのころと同じような勢いを持っている会社は、レッドハットだけになってしまいましたが。

Linux商標を巡る問題

 Linuxが広く普及し、商用でも使われるようになったころに、Linuxという商標の問題が発生しました。最初に起きたのは1996年のアメリカですが、その後もあちこちで起き、日本でも1998年に起きています。

 それまで、フリーソフトウェアの名称に権利設定をして商標権でもうけるというたぐいの「商標ゴロ」はいなかったのですが、Linuxではそれが起きてしまいました。また、日本の場合はいわゆる商標ゴロではありませんでしたが、一企業が権利取得するという点から、さまざまな問題が提起されました。

 この問題は、単に商標権の問題だけではなく、「フリーソフトウェア運動の主体」という問題も提起しました。

 第三者が勝手にソフトウェアの名前を商標登録してしまうという問題に対抗するには、「そうなる前に権利取得する」ことが基本です。ところが、さまざまな基盤の弱いフリーソフトウェアの場合、商標権を取得する費用の問題だけではなく、「主体」が誰であるかという問題もあるということです。つまり、何らかの人格(法人格)を持った主体がなければ、商標登録はできないということです。

 これはそれまで「適当に集まったコミュニティ」だったものが、「何らかの権利を持つことのできる法人」になることが求められるということを意味します。そうなるためには、法的に認められた組織になることが必要ですから、自然発生的なフリーソフトウェアのコミュニティ活動とは整合しないものでもあります。

 そこで、そういった商標の問題を解決しつつ、フリーソフトウェア的なものと背反しないような解決手段が必要になります。実は「日本Linux協会」の設立の一番のモチベーションは、この商標問題の解決でした。

 余談ですが「日本Linuxユーザ会」はlinux.or.jpの取得のために作ったものです。その当時、JPNICの規則では「第三レベルの単一性」という条件があって、例えばlinux.co.jpが取得されてしまうと、linux.or.jpやlinux.ac.jpは取得できなくなっていました。いずれにせよ、「名前」には「実体(らしきもの)」が求められるという点では同じ問題を持っています。このときも「主体」についての議論がされています。

 紆余曲折の結果、日本ではLinus自身を権利者として商標権が成立します(今世紀になってからです)。その後、Linux Mark Institute(LMI)が設立され、そこが全世界でのLinuxの商標を管理することになりました。

日本Linux協会の設立

 前節でも書いたように、Linuxの商標問題のときには「権利主体」というものが必要になりました。

 また時期を同じくして、企業のLinuxへの関心が高くなった結果、さまざまな「問い合わせ」が私の元にくるようになりました。linux.or.jpのサーバに関して、私や私が当時属していた会社が維持管理していましたが、それについても事務的な問題は起きていました。

 最初のうちは個人的に片手間で対応することも可能でしたが、あくまでも個人的なことだったので、やれることには限界があります。また、「公平性」という問題も頭の痛いことでした。個人が主体でやっていると、いくら自分では公平にやっているつもりであっても、不公平感はあるものです。また、個人には個人的な感情による好き嫌いが付きものですから、「みんなのもの」であるLinuxには問題があります。つまり、「個人」であるということが、さまざまな問題を生むもとになっているということを感じていました。

 そこで、そういった「個人」にかかわる問題を解決するために、「公共的主体」を作ろうということになります。これが「日本Linux協会」の設立につながります。

 時をほぼ同じくして、「Linuxコンソーシアム」が作られます。また、この後さまざまな「Linux業界団体」が生まれました。それぞれミッションや思惑が微妙に異なるために統一化されることはありませんでしたが、逆にそれがバザール的でもありますし、「Linux的やりやすさ」の源泉にもなっているのではないかと思います。その半面、いわゆる政治力としては弱くなっている感じもあります。

盛者必衰、諸行無常

 こうして20世紀末にLinuxに起きたことを思い返すと、今昔の感があります。

 特に面白いのは、黎明期にはLinuxを鼻にもかけていなかった会社や個人が、いまではいかにも昔からやっていたかのような顔をしていることです。また逆に、そのころには存在感があった会社がいまや消滅してしまっていたり、全く別の事業をやっていたりします。個人でも、活動の表舞台から姿を消している人が少なくありません(私もそうですね)。移り変わりの激しいIT業界とはいえ、盛者必衰、諸行無常といったものを感じます。

 でも、黎明期のドタバタが楽しめた時代でもありましたから、そんな時代をくぐり抜ける日々を過ごすことができたのを幸せに思うと同時に、得たものがたくさんあります。当時のLinuxのドタバタを経験できなかった人は、次の「ビッグウェイブ」が来たときにはぜひ乗ってみることをお勧めします。エキサイティングな体験とさまざまなスキル、それとちょっとした思い出が作れるんじゃないかと思います。

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Index
前世紀のLinux:飛翔編
 普及がもたらしたさまざまな変化とは
  Page 1
 Linuxによるフリーソフトウェア界の変貌(へんぼう)
 JFという運動
 「ユーザーズグループ」の発生
  Page 2
 商用化の流れ
 Linux商標を巡る問題
 日本Linux協会の設立
 盛者必衰、諸行無常

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