第7回 温故知新――2012年のIT業界を占う

@IT編集部
2011/2/21

元@IT編集人で、現在はブログメディアPublickeyを運営している新野淳一氏をパーソナリティとし、ゲストとともにIT業界の注目トピックを解き明かすUstream番組!!

 元@IT編集人で、ブログメディア「PublicKey」を主宰する新野淳一氏が、業界のキーパーソンとともにIT業界の注目トピックを解き明かすUstream番組、「新野淳一の@IT Technology Key Point」。

 第7回は遅ればせながらの「新春スペシャル」。@ITの担当編集長、三木泉氏とともに2011年を3つのキーワードで振り返り、それを踏まえて2012年のIT業界はどんなふうに変化していくか、展望します。詳細はぜひ、以下のビデオアーカイブをご覧ください。


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 ITベンダの「仁義なき戦い」が激化した?

新野:まず三木さんから、2011年「こんなところが気になったな」というポイントを3つ教えていただけませんか?

三木:包括的にいえば、新しい何か、驚くような何かが出てきたわけではないんですが、いろんな動きが本格化した年だというふうに思います。

 一番最初に挙げたいのは東日本大震災です。社会的にもインパクトが大きかったですし、IT業界にも、支援をはじめさまざまな動きがありました。2つ目は、やはりクラウドサービスです。特にIaaSに関しては、Amazon Web Services(AWS)が日本にデータセンターを作ったこともあり、かなり浸透した1年だったと思います。もう1つは、抽象的なんですが、ITベンダといわれる企業たちの「仁義なき戦い」が激化してきました。

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新野:「仁義なき戦い」とは、具体的には?

三木:今まで「A社は○○分野の会社だ」といわれていたのが、そう表現できなくなっているケースが増えてきています。隣接市場という言葉がありますが、新しい市場に、あるいは新しい分野に乗り出してくる企業が多く、昨日の友は今日の敵という状況が生まれてきています。

新野:僕のポイントもいくつか三木さんと重なるところがあります。1つ目に挙げたいのはやっぱりAWSが東京にデータセンターを作ったことです。日本のインフラ系の企業も本気にならないと負けちゃうな、という感じが出てきたことですね。

 2つ目はプログラミング系の話で、JavaScriptが非常に注目されたことです。Node.jsが出てきてサーバサイドで注目されましたし、jQuery Mobileによってモバイルアプリケーションにも進出してきた。JavaScriptが再認識された年だったと思います。

 3つ目はネットワーク仮想化、あるいはもう少し広く定義してSoftware Defined Network(SDN)です。2011年前半に聞いたときにはよく分かってなかったんですが、後半になってとても注目が高まってきたと思います。

 ITが社会の基盤になっていることを再認識

新野:では、それぞれもう少し詳しく聞いていきましょうか。まず、大震災についてですが。

三木:一般の方々がITを使ってさまざまな被災地支援を行ったし、IT企業のボランティア的な動きもありました。例えば非常に早い段階で、グーグルの「自動車・通行実績情報マップ」といったものが提供されましたよね。これは、ITならではの自動化された、非常に役に立つ仕組みです。いままで何となく、ITの世界と実世界の間に隔たりがあったような気がしましたけれど、実世界をITが変えたり、大きく貢献できることをよく示してくれました。

新野:ITが社会の基盤となっていることを、多くの人が再認識したきっかけになったと思います。身近なところでは、ソーシャルメディアで安否を確認した人がすごく多かったという話がありました。いままではソーシャルメディアって単なる暇つぶしの道具と思われていたのが、人々が安心して暮らすためのインフラになり得るんだという認識が出てきました。また企業にとっては、その後の停電をきっかけに、自社でサーバを抱えるだけじゃなくて、クラウドやデータセンターに移さなきゃいけない、ITをインフラとして堅固にしていかなきゃいけないかということを、考え直すきっかけにもなりました。

 もう1つ、個人的にこれはすごいなと思ったのは、やっぱりITの人たちってみんな仲がいいんだということ。普段は競合ベンダとして戦っているんですけれど、震災が起こったときには、垣根なくいろんな会社の人がわっと集まって、いろんなところで自然発生的にコミュニティが出来上がりました。これは素晴らしいことです。

 IaaSがITの消費スタイルを変えていく

新野:では2つ目の話に行ってみましょうか。

三木:IaaSやPaaS、SaaSという分類は微妙になりつつあるんですが、ここではとりあえず使うことにします。3つのクラウドサービスの中で、IaaSが明らかに支持を確立しつつあることがはっきりした年だったなと思います。

 やはりAWSが日本にデータセンターを作ったことが象徴的だと思うんですよ。日本においても、ITをサービスとして使いたいときに使いたいだけ使う。それもユーザー自身が自ら選択して使う。効率的に、自分たちのビジネスの規模に合わせた形で使える――これはITの消費スタイルとしては大きな変革ですよね。そういう環境が整ってきました。

新野:この1年って、「これからのITのインフラって、みんなこんなふうになるんだな」というコンセンサスがIT業界で固まった1年だと思うんです。今までは、物理インフラがあって、物理サーバとネットワークを用意して……となっていたのが、仮想化を基盤にしてインスタンスを増やしていくのが基本的なインフラの形なんだよ、という点でみんなが合意した年だと思います。

 これからITのインフラを考える人は、クラウドを使うエンドユーザーの立場から見ても、あるいはコンペティターの立場から見ても、「これってアマゾンより安いのかな」とか「アマゾンにもこういう機能があるのかな」という具合に、アマゾンが1つのベンチマークになるんじゃないかという気がするんですよね。

 「総合ITベンダ」の時代は再来する? しない?

新野:じゃ、3つ目に行ってみましょうか。今まで「シスコはルータの会社でした」とか、「SAPはERPの会社でした」という具合に、専業ベンダによる分業体制がIT業界を形作っていました。それが徐々に壊れて、DBベンダだったオラクルがサンも買収して、IBMやHPに対抗するような「全部入り」の企業になっている。SAPもHANAを作っている。シスコはサーバを作ってハードウェアベンダと戦おうとしている……こういう感じですよね。

三木:各企業がそれぞれ、既存の分野では高成長を継続できなくなってくることから、新たなフロンティアを見つけなければならないという事情もある。より美しくいえば、自分たちが満たしたい自分たちの想定顧客のニーズは何かを考えて、それを満たすことを本当にうまく実行できるか、あるいはその想定が間違っていないかが勝負になっている部分もあります。

 もう1ついえるのは、先ほどオラクルの話がありましたが、IBMやHP、NECがやってきたような、すべてを持つ総合ITベンダの時代がまた来るのかと感じる人もいると思いますが、必ずしもそうではないと思うんです。すべてを1社で賄うことが優れているのか、お客さんに付加価値を与えられるか――必ずしもそれを喜ぶ人ばかりではないでしょうし、そこが世の中、複雑化しているところだと思うんです。

新野:僕はこれは、根底でクラウドとつながっていると思っています。クラウドの1つの側面は、自分で作らなくても、お金を出せばトータルなIT環境がぱっと手に入ることだと思うんですよね。オラクルはそれをクラウドの向こう側ではなく、クラウドのこちら側でやろうとしているだけではないかと。本質的には、ITの構築作業はもういい、お金を払えばぱっと手に入る世界が欲しいというお客さんに、ネットの向こう側でクラウドとして提供するか、それとも手元のオンプレミスで提供するか、それぞれ模索している段階のような気がします。

 JavaScript「再認識」の年

新野:話を変えて、僕が挙げたトピックのJavaScriptとSDNについて話させてください。

 2つ目にはJavaScriptを挙げました。Node.jsによってサーバサイドスクリプトとしてのJavaScriptもテイクオフし始めたかなと思っています。また、実はPublickeyで2011年に一番読まれたのが、jQuery Mobileの記事だったんですよ。あれを使うとiPhoneアプリもできるし、Androidアプリもできるし、もちろん普通のPCのデスクトップアプリケーションもできる。アプリケーションフレームワークとしてもJavaScriptがすごく注目されました。

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 2011年9月にマイクロソフトが大々的に発表したWindows 8でも、OSがネイティブにJavaScriptを実行できるようになります。いままでJavaScriptはWebブラウザのお飾り用言語と見られていましたが、2012年からはフロントエンドもサーバサイドもモバイルアプリも、JavaScriptで何でもできるんだという認識を持ち始めると思います。

 ついでにいうと、2012年末くらいにはJavaEE 7が出る予定なんですよね。それに伴ってJDK 8の姿形も見えてくるんですが、JDK 8もHTML5やJavaScriptをサポートするといっています。Windowsでも動くし、Javaでも動く。本当にどこでも動く、とりあえずJavaScriptを覚えておけば何でも作れるという状況になってくると思います。

 最後の固定化された世界、ネットワークも変わる

新野:さて3つ目は、三木さんの得意分野であるSDNですね。2010年から2011年前半くらいまではサーバ仮想化が注目されていました。2011年7月に登場したVMware 5で機能的には、サーバ仮想化についてはもう来るところまで来たかなという感じがするんですよ。そうすると次の課題は、ストレージとネットワークをいかに仮想化するかということで、そこで注目されてきたのがネットワーク仮想化であるような気がします。

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三木:ネットワーク仮想化って別に新しいことではないんですよ。VLANという技術もありますし、ネットワークを論理的に分割することは昔からやっている。ただOpenFlowが素晴らしいのは、基本的にマルチベンダの環境を、統一した形で、しかもAPIを提供してソフトウェアから制御できることです。まさにSDNという言葉が象徴しているとおりですよね。

新野:いままでは「Software Defined Device」でした。ルータ1個やスイッチ1個だったらソフトウェアで制御できる。だけどOpenFlowで実現しようとしているのは、全体でレイヤをかけて、ネットワークの機能そのものをアプリケーションから制御できるようにすることだと思います。

三木:そうですね。いままでネットワーク構成にはなかなか触れませんでした。それを、フォールトトレラント的な、自動的にトラフィックを迂回させる仕組みと組み合わせ、さらに、オンデマンドで、アプリケーションやサーバの各仮想マシンのニーズに応じて瞬時に構成変更するということができます。まさに、クラウド的な運用ができるようになってくるわけです。ネットワークは最後の固定化された世界だった。それを変えることができるという意味では素晴らしいことですよね。

 誰でも使える「真のクラウド」は実現するか?

新野:では、2012年、三木さんが注目するトピックを挙げていただけませんか?

三木:そうですね、ますます抽象的な話になりますが、より「真のクラウド」に近いクラウドサービスが生まれてきてほしいと思います。

新野:「真のクラウド」とは?

三木:iPhoneやiPadを見ると、取扱説明書なんてないに等しく、誰でも、触るだけですぐ自分の目的とすることができますよね。それぐらい分かりやすい。同じように、目的を達成するためのツールがすべてそろっていて、余計なことを勉強しなくていい、そういう環境を提供してくれるサービスがどんどん出てほしいと思っています。2011年にそういうことを連想させてくれたいい例としては、サイボウズの「kintone」がありましたね。

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新野:画面でビジュアルにフィールドを設定していくと、ノンプログラミングでアプリができちゃう。

三木:それもスタンドアロンアプリではなくて、ちゃんとネットワークアプリになっていて、社内の他の人とも一緒に使える。そういう、誰でも使える、誰でもアプリケーションを作れちゃう世界が、もっともっと広がってほしいですよね。ネットワークの分野でも同じことがいえます。

新野:クラウドによってできたインフラを、より使いやすく抽象化してほしい、ということですね。僕の2012年の展望も、三木さんの話にすごく近いです。2011年はIaaSの基盤が整った年でしたね。2012年はそれを生かして、その上に、PaaSをいろんな人が構築する年になるんじゃないかなと思います。IaaSはデータセンターを持たなきゃいけないので、一定の規模の業者じゃないとなかなか参入できませんでした。けれどPaaSはソフトウェアですので、ベンチャーでも参入できます。2012年は、いろんな個人や組織が、PaaS、場合によってはSaaSのレイヤに参入してきて、いろんな選択肢が広がる年になるかなと思いますね。

 いま、ソフトウェアとコンテンツ、サービスの境界がどんどん低くなっていますよね。例えばアマゾンも、最初は小売業だったのがIaaSに参入したように、どこからソフトウェアのレイヤに参入してくるか分からない時代です。例えば電子書籍がソフトウェアに近づいて、逆にソフトウェアも電子書籍に近づいていくというように、コンテンツの幅、ソフトウェアの幅が広がって、ソフトウェア産業の構造がかなり変わってくる気がしますね。

三木:そうですね。もうけられるチャンスがかなり広がってきた。誰でも、僕でも、いいアイデアとちょっとしたソフトウェアスキルがあれば、かなりいい感じでもうけられる可能性も出てきたということですよね。

新野:クラウドには、そういう環境を提供してくれるプラットフォームとして、業界を変える可能性がありますよね。もちろん、エンタープライズのマーケットには一定の規模や信頼性が必要だと思いますが、それ以外のソフトウェアやサービスの分野はどんどん広がっている。いろんな参入の仕方が現れるだろうし、極端なことをいうと、さっき三木さんがいったように、プログラミングをしなくてもソフトウェアレイヤに参入できるようになってくる。

 クラウドが、さっきおっしゃった「仁義なき戦い」でハードウェアベンダの環境を変えつつあるように、2012年は、ソフトウェアベンダだけでない業種が参入してくる可能性が高まっているという意味で、ソフトウェアレイヤでも仁義なき戦いが始まってくるような気もします。

(詳しくは動画をご覧ください)

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