[Analysis]

2.5GHz帯免許で問われる総務省の戦略性

2007/09/18

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 総務省による2.5GHz帯の免許申請受付が始まった。着目点の1つとして考えられるのは、周波数の割り当てに際して総務省が日本独自規格の次世代PHSも採択するかどうかである。

コア技術は似たり寄ったり

 現時点で次世代と呼ばれる無線技術である802.11n、WiMAX,次世代PHSそして、4Gは性能向上の主要部分を、OFDMとMIMOの採用に依存している。

 OFDMは、直交周波数系といわれる相互干渉しない多数の周波数チャンネルに分けてデータを送信する方式で、マルチパスといわれる複雑に反射する電波の影響を軽減し、雑音に強いという性質を持っている。また、MIMOは、複数のアンテナを用いて空間多重化という手法により同時に送るデータ量を多くしたり、電波の干渉を利用してビームフォーミングと呼ばれる端末がある方向のみに強い電波を送るなど状況に応じた電波の利用を可能にする手法である。

 OFDMであれば、iFFT(逆フーリエ変換)、MIMOは行列演算など、符号化そのものに高速な数値演算が必要な手法になる。このため低消費電力で安価かつ高速な信号処理チップの登場によって、初めてこれら方式のモバイル機器への適用が可能になったのだ。こうした基本方式は米国で開発された技術であり、周辺技術を日米欧にて固めている状況(注1)にある。

 わが国固有といわれる次世代PHSもその固有性は統合されたシステムとしてのあり方にあるのである。

自前というだけで推進しがちな日本

 総務省は電波割り当ての条件としてオープンなビジネスモデルと「国際的通信方式の採用」を挙げている。これは日本発の技術にこだわって結果的に国内産業の衰退の原因を作った過去の反省に立っているものと思われる。わが国は「携帯先進国」と言われてきた割に端末の国際競争では苦戦しているのだ。

 日本独自のデジタル携帯規格「PDC」は国内において爆発的に普及し、独自の高機能端末の販売/開発は国内メーカーを潤してきた。しかしながら当時のNTT法により海外展開が制約されたこともあり、PDCは国内規格にとどまってしまった。結果、国内での技術蓄積が海外で生かせなかったのだ。

 売り上げの一部を研究開発費に回すハイテク分野では、売上高の優劣が技術自体の優劣に直結する。独自仕様はマーケット自体が小さな立ち上げ期には産業育成に寄与するのだが、成熟期に至ると逆に対外進出の足かせとなる。やがて巨大な市場を背景とし、圧倒的な技術優位性を持つ外国企業に国内市場は蹂躙(じゅうりん)されてしまう。この独自性の保護効果とその反動による停滞はパソコンやソフトウェアなど複数の分野で観察される現象である。

 つまり産業育成という観点に立っても選択されるべき技術は、国内で育成した後にグローバル市場で拡大できる技術であることが望ましい。また、基本技術に大差がないのであればオープンな技術が選択されるべきである。

次世代PHSは独自価値を再定義できるのか

 さて、次世代PHSに戻って考えれば、この技術の本質的な出発点はFMC(Fixed Mobile Convergence)であったはずだ。もともとPHSとは、NTTが自宅のコードレス電話を持ち出して携帯として使える規格として始まっている。また、無線はその到達範囲エリア全体で帯域を共有するため、公称通信速度が速くても個別端末の実効速度が上げられるわけではない。PHSの基盤となっている狭い基地局エリアであるマイクロセル方式は逆に到達距離を限定することで実効速度を上げられるという特質を持っていたはずである。

 しかし、NTT自体の取り組みは中途半端な到達距離と高価なキャリア仕様の基地局負担、上げられないカバー率、ISDNを利用した固定回線コストの高さから頓挫し、現状のPHSは廉価版携帯として生き残っているのみである。

 PHSの導入期とは異なり、いまでは多くの家庭や事業所にはADSLや光ファイバが導入されている。実は、今日であればADSL事業者などと提携し宅内に簡易基地局を設置(注2)し、高い干渉耐性を持つOFDMと高速なMIMOを組み合わせることで、真に安価でシームレスかつ可用性が高く高速なFMCが実現できるはずである。それであればマイクロセルの利点が生き、帯域消費型の無線IPTVなどユーザーが好む帯域消費型のサービスも提供出来る可能性がある。

 しかしながら、現状の次世代PHSには、こうした差別化に対する明確なビジョンが見い出せない。

世界に類のないサービスには規制が多すぎる日本

 ただこれは次世代PHSを推進する事業者の責任とばかりはいえない。実際のところわが国には世界に例のないサービスを展開するには規制が多すぎる。IPを用いたモバイル向け放送(注3)やワンセグのIP網を利用した再配信要件の緩和も、権利者との調整がつかない。ユーザーの宅内の基地局設置も現状数々の制約がある。

  • 国際規格の先行事例としてWiMAXに賭けるのか
  • 多くの規制を緩和しユーザーに利便性のある国産規格を後押しするのか
  • それとも単に多様性の1つとして自前規格保護を打ち出すのか

 総務省は以上のような判断の戦略性が問われているのである。


注1

特許庁「ブロードバンドを支える変復調技術」(PDF)

特許庁「MIMO関連技術」

特許庁「移動体通信等に用いられるアダプティブアレーアンテナに関する技術」

注2

WiFiより高い出力により、自宅の隅々、周辺の広い範囲で利用が可能になる。また、有線とモバイルの切り替えを意識する必要すらなくなる。

注3

不思議なことに我が国のみがIPマルチキャストとCATVの扱いが異なる(参考資料PDF

(イグナイトジャパン ジェネラルパートナー 酒井裕司)

[著者略歴]

学生時代からプロエンジニアとしてCG/CADのソフトウェア制作に関わり、その後ロータスデベロップメントにて、1-2-3/Windows、1 -2-3/Mac、Approach、Improveの日本語版開発マネージメント、後に本社にてロータスノーツの国際化開発マネージメントを担当後、畑違いのベンチャーキャピタル業界に転職した異色のベンチャーキャピタリスト。2005、2006年度 IPA 未踏ソフトウェア創造事業のプロジェクトマネージャ



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