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連載:日本人が知らないIFRS(4)

包括利益概念が表すIFRSの歪み

高田橋範充
中央大学 専門職大学院国際会計研究科 教授
2010/1/12

日本における包括利益表示の導入がほぼ決まった。包括利益はIFRSにも含まれる概念だが、概念上の不整合を抱えている。この不整合はIFRSに歪みをもたらす可能性がある (→記事要約<Page 3>へ)

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公正価値会計と原価主義会計の併用

 包括利益の分割は、図らずも公正価値会計と原価主義会計の併用を意味している。すなわち、原価主義会計で計算した当期純利益にその他の包括利益に含まれる評価修正を加算することにより、公正価値会計の結果も反映させようとするものである。計算構造的には、矛盾なく両者を併存し得るように思われるが、利益計算の意味合いに関しては両者の組み合わせは大きな矛盾を抱えている。

 正確には、この連載で述べているように公正価値会計においては利益計算はあくまで副次的であるのに対し、原価主義会計はあくまで利益計算が主眼である。前者が貸借対照表指向であるのに対して、後者は損益計算書指向ということができる。両者は一見すると併存できそうで、困難な側面も多い。

 公正価値会計においては資産価値が上昇した際に、その価値上昇の貸借対照表での反映を念頭に置くので結果としてはそこで評価益が生じるが、原価主義会計ではあくまで当該資産の売却をもって、すなわち具体的に収益の実現においてのみ利益を認識するものであり、両者は利益認識時点を本質的に異にする。この時点の差異を修正するのがリサイクル、すなわちその他の包括利益から純利益への振替であるが、このリサイクル処理は「益出し」に近い印象を与える危険性がある。

 本来的には異なる目的を持つ会計システムを併存させることの無理がそこにはある。米国基準は両者の併存を狙い、あるいは現行の会計システムの連続性を確保しようとして、かなり複雑なシステムになっているように思われる。

 これに対し、IFRSは本来的には単純化した公正価値会計を導入するはずであったが、実践可能性の観点から、あるいは米国基準とのコンバージェンスから包括利益概念を導入せざるをえなくなったというのが実状であろう。

包括利益概念が表すIFRSの歪み

 IFRSの趣旨に従えば包括利益こそが結果として利益になるものであり、そこに何ら名称を付ける必要性もないほど、当然の結果のようなものである。IFRSは包括利益を計算するのではなく、あくまで資産の価値を表示しようとしたはずであった。その意図は現行システム、すなわち原価主義会計との併存を図ろうとする米国ないしは日本によって阻害されたことになる。

 ただし、そのことによって両国における実践可能性も飛躍的に上昇したことも疑いのない事実である。それは確かに包括利益概念を導入することのプラスであったように思われる。反面、IFRS自体の趣旨は若干、不鮮明になったことも明らかであろう。

 とりわけプリンシプルベースを標榜(ひょうぼう)するIFRSにとっては、概念間の不整合が生じていることの意味は大きい。この歪みを実践可能性の向上の結果と見るのか、それともIFRSの挫折と見るのかは、今後のIFRSの進化が教えてくれるだろう。

筆者プロフィール

高田橋 範充(こうだばし のりみつ)
中央大学 専門職大学院国際会計研究科 教授

公認会計士二次試験に合格後、中央大学大学院経済学研究科博士後期課程修了(経済学博士)。福島大学助教授、中央大学経済学部教授を経て、国際会計研究科教授。著書に『ビジネス・アカウンティング』(ダイヤモンド社)

要約

 企業会計基準委員会は「包括利益の表示に関する会計基準(案)」を公表し、パブリック・コメントを募集している。このような包括利益の会計基準は、IFRSをはじめとする国際会計の動向に合わせた、すなわち、コンバージェンスの1つであると理解されている。わが国ではIFRSというと「包括利益」という理解が一般的であるが、包括利益がIFRSにおいてどのような記述をされているかということに関しては、あまり正確な説明がされていない。

 現行の「IAS1号」(財務諸表の表示)は2009年1月1日から改訂版が発効された。この改訂の最大のポイントの1つは、これまで持分変動計算書に含まれていた「その他の包括利益」項目を損益計算書の構成要素とし、損益計算書の末尾を「包括利益」としたことであった(1計算書方式)。

 ただし、IASBは損益計算書と包括利益計算書の分離した方式(2計算書方式)も容認している。この1計算書方式と2計算書方式の併用は、わが国の「包括利益の表示に関する会計基準(案)」でも同じであるが、わが国の「包括利益の表示に関する会計基準(案)」がその11において、2計算書方式を原則とするような表現になっているのに対し、IAS1号は当然のことながら、1計算書方式を原則としている。

 1計算書方式、2計算書方式によって米国、日本における実践可能性が飛躍的に上昇した。それは、確かに包括利益概念を導入することのプラスであった。反面、IFRS自体の趣旨は若干、不鮮明になったといえる。とりわけ、プリンスルプル・ベースドを標榜するIFRSにとっては、概念間の不整合が生じていることの意味は大きい。この歪みを実践可能性の向上の結果と見るのか、それともIFRSの挫折と見るのかは、今後のIFRSの進化が教えてくれるだろう。

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