年末特別寄稿:ITジャーナリスト 佐々木俊尚氏

2006年のネットの事件を振り返る

2006/12/25

 2006年は、ライブドアへの強制捜査で幕を開けた。六本木ヒルズ森タワーに東京地検特捜部の家宅捜索が入ったのが1月16日。堀江貴文前社長ら経営陣4人が逮捕されたのは、1月23日である。この日からテレビのワイドショーやニュース番組では、識者やコメンテーターたちが口々に「ライブドアなんてIT企業ではなかった」「単なる金融業だ」「虚業だ」と非難するようになった。「小泉改革が格差社会化を拡大していった結果、ライブドアのような会社が生まれてしまったのだ」という指摘も少なくなかった。

ライブドア事件に見るブログ言論界の台頭

 しかしあれから1年近くが経って振り返ってみれば、これらの指摘はことごとくミスリーディングだったといわざるをえない。そもそもが格差社会化を進行させたのは大企業が正社員を増やし、非正規雇用を増やしたことによる必然的な帰結であって、ネット企業が急成長してきたからではない。つまるところ格差社会化の原因は、ライブドアのような新興企業を「虚業だ」と非難した財界の側にあったのだ。さらにいえば、ネット業界のように転職フリーな業界が成長していくことは、社会の人材流動性を高めていくことにもなるわけで、そこには格差社会化を押しとどめる可能性だってある。そもそもが堀江前社長こそが、格差社会化に風穴を開けるような存在だったのではないか。

 一方で、ネットの世界の人たちはこうしたマスメディア報道の欺瞞を敏感に感じていて、ブログではライブドアをめぐる秀逸な論評が数多く見られた。今やライブドア事件を振り返ろうと思えば、検索エンジンで「ライブドア事件」と検索する方が、新聞の縮刷版をめくるよりもずっと良質な知見を得られるという「逆転」した状況になっている。

 これはWeb2.0でいうフラット化の末に起きたことであって、今やリアルの権威的マスメディアとネットの発言は同じ地平で語られるような局面が生まれてきている。そうした状況は、ポジティブもネガティブも含めて興味深い現象をさまざまに引き起こした。

ブログでの言論活動のあり方が問われた「ことのは」事件

 たとえば4月に起きた「ことのは」事件。著名ブログ「絵文録ことのは」を主宰し、民主党のブロガー懇談会にも出席していたアルファブロガー松永英明氏が、実はオウム真理教の信者だったことを光文社の写真雑誌「フラッシュ」が暴露した。この結果、松永氏を民主党に紹介したブロガー泉あいさんの「Grip Blog」も、その責任を追及されて炎上した。さらに、この問題の決着を図るために行われた松永氏への長時間インタビューで、泉さんとともに質問者として入ったアルファブロガーR30氏と佐々木俊尚も、その発言内容を厳しく批判されるという結果になった。

 ブログでの言論活動はどうあるべきなのか、発言者としての責任はどう問われるべきなのか、そしてそうした責任をネット上でどこまで表出すべきかなど、さまざまな問題を問われた事件だったといえる。そして実のところ、ことのは問題で問われたさまざまな指摘は、いまも片付いているわけではない。

 ブログにおける言論の問題はその後も、さまざまな軋みを引き起こしている。11月には、女子大生ブロガーとして知られる坊農さやかさんがNHKのニュース番組「ニュースウォッチ9」で取り上げられ、この中で「彼女がブログに書き込むことで、売上が倍増した商品もあります。いまでは月20件ほどの記事を請け負い、1件数千円の報酬を得たり、商品の提供を受けたりしています」と紹介され、さらに本人もインタビューに登場して「経験を私はさせてもらっている側なのに、企業からお金とかお給料をいただけるのは、すごく光栄というか嬉しいですね。ラッキーなことというか」と発言。これが発端となって「ネットでの工作活動じゃないか」と批判され、2ちゃんねるなどで祭り状態になり、坊農さんのブログも炎上した。

 ブログの世界はマーケティング業界から、バイラルマーケティングのツールとして注目を集めている。だがバイラルマーケティングはブログの公平性を損なう可能性が一方であり、どのようなバランスでブログのコマーシャリズムとフェアネスを両立させるのかという問題が、こうした炎上事件によって図らずも噴出したのである。

通信と放送の壁に風穴を開けた「まねきTV裁判」の判決

 こうした事件とは少し位相が異なるが、年末にあったWinny開発者裁判の判決も非常に重要な問題を提起した。この裁判では(1)ソフトウェアそのものに犯罪性があるのかどうか、(2)犯罪意図をもってソフトを配布した開発者は罪に問われるのか、という2点が争われた。判決では(1)は却下され、(2)については「新しいビジネスモデルを生み出すためにWinnyを配布したのであって、著作権違反を助長させる意図はなかった」と微妙な認定を行い、この結果、罰金刑という極めて軽い処分となった。ソフト開発者がどのようにしてこうした問題に対処していくべきなのかということを、考えさせられる判決だった。

 なお、年末ぎりぎりの12月22日になって、通信と放送の融合を考えていく上で決定的な判決が出たことを明記しておきたい。ネット経由でテレビを観ることのできるサービス「まねきTV」に対して、NHKと民放テレビ5社がサービスの停止を求めた仮処分申し立ての抗告審について、知財高裁が申し立てを却下した東京地裁の決定を支持し、抗告を棄却したのである。テレビ局はこれまで、ネットでテレビ番組を送信するサービスについてはことごとく提訴し、潰してきた。テレビは決してオープンな世界には行かないという放送局の強い決意の表れだったのである。ところがついにこの一角が崩壊し始めたわけで、2007年にテレビ局がどのような対応に出てくるのかを注目したい。

(ジャーナリスト 佐々木俊尚)

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