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第11回 PCのエンジン「プロセッサ」の歴史(5)〜P6時代の最後を締めくくった「Pentium III」
1. 一時代を築いたPentium III

元麻布春男
2002/12/26


 前回の「第10回 PCのエンジン『プロセッサ』の歴史(4)〜Pentium IIで始まった本格的P6時代」では、P6アーキテクチャの幕開けについて解説した。今回は、P6アーキテクチャの集大成でもあり、終えんともなる「Pentium III」を取り上げることにする。

本格的なPentium III時代の始まり

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SECC2パッケージを採用した「Pentium III」
2次キャッシュがオン・ダイになったことにともない、PGAパッケージがラインアップに加わった。写真は、それまでのSlot 1に実装可能なSECC2パッケージを採用したPentium IIIである。

 最初のPentium IIIが登場してから8カ月後の1999年10月、開発コード名「Coppermine(カッパーマイン)」で呼ばれる新しいプロセッサ・コアを採用したPentium IIIが登場する。Pentium IIIの初代であるKatmaiコアで採用されたSSE命令を備えていることはもちろん、0.18μmプロセスで量産されたCoppermineでは、ついに2次キャッシュがオンダイとなった。容量こそKatmaiまでの512Kbytesの半分となる256Kbytesに減らされたものの、2次キャッシュ・バスがプロセッサ・コアと同クロックで駆動されるほか、バス幅も64bitsから256bitsに拡張されるなどの高性能化が図られ、「Advanced Transfer Cache」という名称が与えられた。ほとんどのユーザーが「Pentium III」といわれて頭に浮かべるのは、このCoppermineコアのPentium IIIだろう。

 2次キャッシュがオンダイ化したことで、最も大きな影響を受けたのがプロセッサのパッケージだ。2次キャッシュが外付けであったPentium IIならびにKatmaiコアのPentium IIIでは、プロセッサ・コアと2次キャッシュ用のSRAM(Burst SRAM)を1つのモジュールとするために、プリント基板(サブストレート)を用いたSECCパッケージが採用されてきた。2次キャッシュがオンダイになったことで、こうした基板は不要となる。プロセッサのパッケージは、再びソケット(PGA370)へと回帰することになった。

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ノートPC向けのモバイルCeleron
ノートPC向けのプロセッサでは、写真のようにプロセッサとMTHを搭載した「モバイル・モジュール」と呼ばれるパッケージのほか、BGAパッケージもラインアップされた。

 といっても、既存のプラットフォームとの互換性の問題もあり、Coppermineへの切り替えで、いきなりPentium IIIのすべてがPGA70パッケージになったわけではない。SECC2パッケージ(SECCパッケージを簡略化したもの)を採用したCoppermineコアのPentium IIIも、動作クロック1GHz前後までPGA370パッケージのものと基本的には同じ価格で提供され続けた。特に、最初に動作クロックが1GHzに到達したPentium IIIは、SECC2パッケージのCoppermineコアによるものであった。

 また、CoppermineコアのPentium IIIでは、デスクトップPC向けプロセッサとノートPC向けプロセッサが、再び同一のプロセッサ・コアを採用することになった。Pentium II世代においては、デスクトップPCは開発コード名「Deschutes(デシューツ)」、ノートPCは同「Dixon(ディクソン)」という異なるコアを採用していたが、Coppermineは両方のセグメントで使われることになった。ただ、これが原因かどうかは別として、Coppermineコアの初期において、Intelによるプロセッサの供給が不足するという事態が生じた。プロセッサの供給状況がタイトになるということは、それまでにも何度かあったとは思うが、公式にIntelが認めざるを得ないほどの不足が生じたのはこれが最初ではなかったかと思われる。Intel 386でセカンド・ソース(他社への製造ライセンス)を廃止する際、「Intelの単独生産でも供給不安を絶対に起こさない」というのが公約であった。実際、この公約はおおむね守られてきたのだが、Coppermineにおいてはついに不足が生じてしまった。

禍根を残すことになったDirect RDRAMの立ち上げ

 もう1つ、Coppermine時代のスキャンダル(?)が、Direct RDRAMの採用にあった。Intelは、PC100 SDRAMの後継となる次世代メモリとして、Rambusと共同開発したDirect RDRAM(Direct Rambus DRAM)の採用を一方的に(少なくともメモリ・ベンダの同意を取り付けずに)決定した。これに対して、Direct RDRAMを供給する意思を見せたのはSamsung Electronicsと東芝、NECの3社で、これに反対の立場をとったのが日立製作所、Hyundai Electronics(現Hynix Semiconductor)、Infineon Technologies、Micron Technologyの4社だ。その後、NECと日立製作所はメモリ事業を統合し、エルピーダメモリを設立することになり、東芝は汎用DRAM事業から撤退するが、この時点では3社ともDRAM分野で大きなシェアを持っていた。

 この問題をひどく複雑にしたのは、RambusがDirect RDRAM供給を拒むDRAMベンダを特許問題で訴えたこと、さらにIntel自身が最初のチップセット(Intel 820)のリリースに際して何度も延期せざるを得ない不手際を見せたことだ。

 この問題は、Intel 820にSDRAMを接続するためのプロトコル変換チップ「MTH」の回収問題や、開発コード名「Timna(ティマナ)」で呼ばれていたメモリ・コントローラ内蔵型のローエンドPC向けプロセッサの開発キャンセルに波及、泥沼の状況へと陥る。Timnaは、内蔵するメモリ・コントローラがRDRAM対応だったため、ローエンドPC向けに安価なメモリを使うにはMTHが必須だったのだ。こうした戦略上の失敗が、その後のRDRAMの立ち上げに大きな影響を与えることになる。結局、IntelはとりあえずPC133メモリのサポートを決定、多くのユーザーがDirect RDRAMに懐疑的になる中、最終的な決着は次のPentium 4世代に持ち越されることとなった。  


 INDEX
  第11回 PCのエンジン「プロセッサ」の歴史(5)〜P6時代の最後を締めくくった「Pentium III」
  1.一時代を築いたPentium III
    2.8年も使われたP6マイクロアーキテクチャ
 
 「System Insiderの連載」

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