マイクロソフト 最高技術責任者 インタビュー

地方から日本発の世界企業を、MSイノベーションセンターの願い

2007/06/26

 マイクロソフトはなぜ、イノベーションセンターという施設を開設するに至ったのだろう。地方自治体と共に全国展開している理由はどこにあるのか。この事業のマイクロソフト側責任者である、マイクロソフト 最高技術責任者 加治佐俊一氏に話を聞いた。

マイクロソフト写真 マイクロソフト 最高技術責任者 加治佐俊一氏

―― 最初にあらためてお伺いしておきたいのですが、加治佐さんの肩書き、最高技術責任者、CTOというのはどういうお役目なのですか。

加治佐 CTOというのは、マイクロソフト本社には何人かいます。パブリックセクターを担当しているシニアエンジニアが、政府との折衝役を務めているケースが多いですね。セキュリティ、アクセシビリティなど、ソフトウェアの標準化の分野で当社に求められることは多く、それをわれわれのビジネスも考慮しながら、どう実現するかを考える仕事といったらいいかもしれません。ただ、日本以外の現地法人にはない職種で、私は初代の古川享から数えて3代目で、2006年10月に就任しました。ずっと開発部門の人間としてOSの日本展開に携わってきたのですが、当時はちょうどWindows Vistaの開発が社内でひと段落した時期でした。

―― 調布のマイクロソフトイノベーションセンターの開設は、2006年11月でしたね。

加治佐 はい、そうです。当社トップのダレン・ヒューストンが「Plan-J」という経営方針を打ち出し、現在「日本における投資の拡大」「政府・教育機関および産業界とのより深く明確なパートナーシップ」「イノベーション(技術革新)の推進」という3つの側面から企業活動を強化しています。この3番目の「イノベーションの推進」というところでもう少しやれることがあるのではないか、と考えました。これまでOSを中心にハードウェアパートナーとは密接に協業してきたけれども、このような協業をソフトウェアパートナーとも進めていくべきだ、そのような拠点を持とう、ということで、イノベーションセンターの開設となりました。

―― オープンから8カ月が経過しましたが、現時点での成果はいかがでしょう。

加治佐 大変うまく立ち上がったと思います。いくつかプログラムを用意したのですが、例えば、テクノロジーイノベーションプログラムでは、東京大学大学院 情報学環 池内克史教授の研究室が行っている、アンコール王朝の巨大な文化遺産 バイヨン寺院をデジタルコンテンツ化を支援、イノベーションセンターの100台以上のPCをクラスタ構成とすることで、今まで不可能だった画像処理が実現しました。

 また、アプリケーションプラットフォームプログラム、プラットフォームサポートプログラムには、日本全国のITベンダーの方々から利用申し込みをとぎれなくいただいており、すでに6月いっぱいまでの今期分は満席となっているような状態です。

 これだけニーズがあるのだったら、東京だけではなく地方に展開していけば、地方のITベンダーの方々にとっても、わざわざ東京へ来る手間が省けるし、現在、調布のイノベーションセンターにかかっている負荷を軽減することもできると考えました。

―― 好評だから数を増やそう、と。

加治佐 そうです。また、このイノベーションセンターにはマイクロソフトの支店をバックアップする意味合いもあります。

―― どういうことでしょうか。

加治佐 現在、マイクロソフトは、札幌支店、北関東支店など、日本に9つの支店を開いていますが、ここにはマイクロソフト製品を利用されているITベンダの方から、実にさまざまなご相談が寄せられます。基本的には営業拠点ですので、支店の人間はどうしても直接ビジネスに結びつきそうな案件を優先しがちで、技術検証などといった中長期の視野を必要とするテクニカルな案件は、自分たちではいかんともしがたい面もあり後回しになる傾向がありました。しかし、イノベーションセンターの開設により、このような技術案件をこのファシリティに誘導することができるようになります。そういう意味で、マイクロソフトの各支店にとってもお客さまのご要望に応えやすい状況ができるというわけです。

―― なるほど。ただ、調布のイノベーションセンターはマイクロソフト単独で運営されていますが、岐阜も、今回の札幌も、地方自治体と協業されています。これはなぜですか。

加治佐 1つには当社のリソースの問題です。マイクロソフト単独で調布規模のイノベーションセンターを作っていくとすると、どうしても数年に1件ペースにならざるを得ません。しかし、IT産業振興に意欲ある地方自治体と組むことができれば、その開設スピードを加速することができます。

 当社に求められる技術レベルが、ほかの国とは違うということもあるでしょう。ITの新興国などでは、その国のマイクロソフト現地法人が単独でPC教室的な基本レベルの機能を持った施設を作って展開しているケースもあります。しかし、日本ではそういうわけにはいきません。やはりそれなりの施設内容が必要で、これを一定のペースで進めていくには、協力していただける組織がある方がありがたいのです。

―― このような取り組みは、マイクロソフトが日本で責任あるビジネスを推進し、信頼できる企業として広く認知される企業市民活動の一環であると伺いました。しかし、利益を追求して存続を図っていく私企業としては貢献だけしてそれでハッピーというわけにはいかないと思います。このようなイノベーションセンターの展開において、御社の成功指標は何ですか。何かKPI(Key Performance Indicators)があれば教えてください。

加治佐 実は、われわれがこうなればいいなと考えていたことが実現しつつあります。しかし、それはあと3カ月ぐらい経たないと具体的にお話しできません。今はまだちょっと勘弁してください。

 ただ、個人的に願っているのは、こうしたプログラムを利用していただいたITベンダの方々の中から、日本発の世界企業を1つでも2つでも出すことです。日本はハードウェアに関しては、世界に通用する製品をたくさんもっていますが、残念ながらソフトウェアの分野ではまだまだといわざるを得ません。

 マイクロソフトがITベンチャー支援で世界的に進めているものにクロスボーダープログラムというものがあって、これは各国のアイクロソフト現地法人が、「わが国にはこんなソフトウェアがある」と紹介して、海外での利用を促進しようというものなんですね。われわれとしては、そこに日本の製品が入っていないのはとてもさみしいと思っています。こういうところに先進的なITベンダの方々にどんどん出てきていただいて、日本発世界企業になっていただき、日本のIT業界そのものの活性化に役に立ちたいと考えています。

―― 加治佐さんは、日本のソフトウェアがこれまで世界に出ていけなかった理由は何だ

と思われますか。

加治佐 うーん、やはり世界市場における経験でしょう。

―― 経験だけでしょうか。

加治佐 意志の問題もあります。ハングリー精神といいかえてもいいかもしれません。それにこれまでの産業構造もあるかもしれませんね。上流工程から降りてくる要件を満たすものを作るだけで手いっぱいで、これまでITエンジニアは創造力を持っていてもそれを発揮する場がありませんでした。しかし、今はしだいに意識改革も進んで1つ上のレベルをめざしてトライする企業が増え、今回の札幌のようにそれを支援する組織も増えています。勝負はこれからですよ。

(吉田育代)

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